観光地を訪れると、宿泊施設の価格帯が極端に分かれていることに気づく人は多い。格安のゲストハウスやビジネスホテルと、1泊数十万円にもなるラグジュアリーホテル。だがその中間、いわゆる「ほどほどの価格で快適に過ごせる宿」が目立って減ってきている。なぜ観光地では、安い宿と高級ホテルの二極化が進み、中間層が消えてしまうのだろうか。

観光地で宿泊料金が二極化する背景とは?

観光庁の宿泊旅行統計調査によると、日本を訪れる外国人旅行者の平均宿泊単価は年々上昇している。一方で、国内旅行者の中には「宿泊費を抑えて体験や食事に回したい」という層も多い。つまり需要そのものが「安さ重視」と「高級志向」に分断されており、宿泊施設もそれに合わせて両極化が進んでいるのだ。

特にインバウンド市場では、欧米からの旅行者が高級リゾートを選好する一方、アジアからのバックパッカー層が安宿を支える構図が見える。中間層の需要は相対的に縮小している。

“中価格帯ホテル”はなぜ採算がとれないのか?

経営の観点から見ても、中間価格帯ホテルは難しい立場にある。人件費・光熱費・建築費用の上昇により、宿泊単価を一定以上に設定しないと利益を出しづらい。だが、単価を上げると「中途半端なホテル」と見られてしまい、顧客が離れてしまう。

一方、安宿であれば人件費を削り、セルフチェックインや相部屋で運営コストを抑えることが可能。高級ホテルであれば付加価値サービスを価格に転嫁できる。中価格帯は「コスト増を価格に反映できず、差別化も難しい」という板挟みに陥りやすい。

不動産価格の高騰が宿泊業をどう変えているのか?

東京や京都など人気観光地では、土地価格や建築費用が高騰している。結果として「中価格帯のホテルを建てても投資回収が困難」という状況が広がる。

実際、不動産投資の現場では「坪単価300万円の土地に建てるなら、最低でも高級ブランドホテルでなければ採算が合わない」と語られるケースも多い。逆に、築古の建物をリノベーションして安宿に転用する方が、投資効率が高くなる。この構造も二極化を加速させている。

観光地の労働市場が二極化を後押しするのはなぜか?

ホテル業界では人材不足が深刻だ。観光庁の調査によれば、地方の宿泊施設では従業員の確保が最大の課題に挙げられている。高級ホテルは高待遇で人材を囲い込み、安宿は人件費を極限まで抑え、アルバイトや短期労働者で回している。

結果として、中価格帯ホテルは「人件費を確保できず、サービス品質を保てない」という問題に直面する。労働市場の構造が、宿泊施設の二極化をさらに強めているのだ。

観光客の消費行動はどう変わったのか?

日本人観光客の消費スタイルも二極化を後押ししている。ある調査によれば、20代から40代の旅行者は「宿泊費をできるだけ抑えて、グルメや体験にお金を回したい」と回答する割合が高い。一方、50代以上や富裕層は「宿の快適さこそ旅行の中心」と考える傾向がある。

つまり旅行者自身の価値観が二分されており、中間層を支える需要が減少しているのだ。

中価格帯ホテルの生き残り戦略はあるのか?

それでは、中価格帯ホテルは完全に消滅するのだろうか。可能性のひとつは「テーマ特化型」だ。例えば、歴史的建造物を改修したホテルや、温泉と地域食材を融合した宿泊施設など、価格以上の体験価値を提供できれば差別化できる。

もうひとつは「長期滞在型」へのシフト。リモートワーク普及により、1週間以上滞在する層も増えている。この層をターゲットにすれば、中間価格でも安定した収益を確保できる可能性がある。

二極化は観光地の持続可能性にどう影響するか?

宿泊施設の二極化は、観光地そのものの持続可能性に影を落とす。安宿ばかりになると観光収入が地域に落ちず、インフラ維持が難しくなる。一方、高級ホテルばかりになると、地域住民や中所得層が観光から排除される危険性がある。

観光地にとって重要なのは「多様な宿泊オプションを維持すること」であり、自治体や事業者の連携が不可欠だ。

“安さ”と“豪華さ”の間にある空白をどう埋めるか?

観光地における宿泊の二極化は、需要構造・不動産価格・労働市場といった複合的な要因で進んでいる。中価格帯の宿泊施設は減少傾向にあるが、完全に消滅するわけではない。

課題は「中途半端」と思われない体験設計だ。旅行者にとって価格以上の満足感を提供できるかどうかが、今後の生き残りを左右するだろう。観光地の未来は、安さと豪華さの間にある「空白」をどう埋めるかにかかっている。