「いいね」が生きる目的になっていないか

「今日、何を投稿しようか」「誰がいいねを押してくれたか」──そんな思考が一日の大部分を占めてはいないだろうか。
SNSが生活の中心にある現代、特に10代から20代の若者にとって、オンライン上での“他者からの評価”が自己の価値を左右する時代になった。かつては日記帳の中に書かれていた「自分の気持ち」が、今は世界中に共有され、他人の反応を待つ。これはもはやコミュニケーションの域を超え、“自己確認の儀式”に近い。

実際、LINEリサーチ(2024年)による調査では、Z世代の約72%が「SNSでの評価が自分の気分に影響する」と回答している。これは単なる流行ではなく、心理構造の変化を示すものだ。

なぜ若者は「承認」を求めるのか──比較がもたらす“永遠の不安”

承認欲求は、マズローの欲求階層説でも上位に位置づけられる、極めて人間的な感情である。だが、SNSによってその欲求は常時オンライン化し、無限に刺激されるようになった。

インスタグラムのタイムラインを開けば、友人の旅行、自撮り、成功報告が絶え間なく流れてくる。これらは「他人の幸せの断片」だが、脳はそれを“比較対象”として受け取る。
心理学者フェスティンガーが提唱した「社会的比較理論」によれば、人間は無意識に自分の価値を他者と比べて判断する傾向がある。SNSはこの比較を可視化し、加速させた。

結果として、「自分はまだ足りない」「もっと注目されたい」という欲求が強まり、投稿内容が“自己表現”ではなく“他人へのアピール”に変わっていく。
それは「ありのままの自分」を失う第一歩でもある。

「見られる自分」と「本当の自分」の乖離──デジタル仮面の裏側

SNSのプロフィール写真や投稿は、現代の“名刺”であり、“仮面”でもある。
東京大学大学院の研究チーム(2023年)は、SNS利用者の約68%が「実際よりも良く見せる投稿を意識的にしている」と回答したことを報告している。
つまり、多くの若者はオンライン上に「理想化された自分」を構築しているのだ。

しかし、この“仮面”が長期間続くと、現実とのギャップが心理的負担となり、「本当の自分がわからない」という自己同一性の混乱を引き起こす。
実際、SNS利用時間が長い層ほど、自己肯定感が低い傾向があるという調査もある(内閣府・若者意識調査2024)。

本来、SNSは「つながるためのツール」であるはずが、「比較される舞台」に変わってしまった。そこでは“演じる自分”が評価され、“素の自分”が置き去りにされていく。

SNSがメンタルに与える影響──「幸福感の錯覚」と「孤独の増幅」

SNSの最も危険な側面は、「幸福感の錯覚」である。
心理学的には、他人のポジティブな投稿を見ると、一時的に“自分も幸せになった気がする”ドーパミン反応が起きることが知られている。しかし、それは持続しない。むしろ数分後には「自分は何もない」と虚しさが増す。

アメリカのペンシルベニア大学による実験(2019年)では、SNS利用時間を1日30分以下に制限した被験者の方が、うつ症状と孤独感が有意に減少したという結果が出ている。
日本でも同様の傾向が見られ、SNSを1日3時間以上利用する若年層のうち、実に約4割が「心が疲れる」「SNSを見た後に落ち込む」と答えている(総務省情報通信白書2024)。

つまり、SNSは“幸福を感じるための道具”であると同時に、“孤独を再確認する装置”でもあるのだ。

なぜやめられないのか──「承認ループ」とアルゴリズムの罠

では、なぜ多くの人がSNSをやめられないのか。
その答えは「脳の報酬系」にある。
いいね通知が届くたび、脳内ではドーパミンが分泌される。これはギャンブルやゲーム依存と同じメカニズムだ。
加えて、SNS企業のアルゴリズムは“より多く滞在させる”ために、人間の心理的弱点を徹底的に学習している。

たとえば、ユーザーが反応しやすい「感情的な投稿」や「炎上トピック」は、タイムライン上で優先的に表示される。
結果として、利用者は気づかぬうちに“刺激的な情報”ばかりを浴び、穏やかな心を保つことが難しくなる。
これはデジタル・ドーパミン依存とも呼ばれ、専門家の間では「情報型中毒」として問題視されている。

“デジタル断食”のすすめ──自分を取り戻すための3つの習慣

では、この時代に“自分”を見失わないためにはどうすればよいのか。
筆者は次の3つの実践を提案したい。

  1. 「無反応の時間」を作る
    朝起きてすぐスマホを見ない。通知を切り、1日の最初の30分を“自分だけの時間”にする。
    これは脳をSNSの報酬ループから切り離し、思考の主体性を取り戻す第一歩となる。
  2. 「投稿しない日」を意識的に設ける
    SNSで発信する代わりに、紙の日記やメモに思考を残してみる。
    誰にも見せない言葉こそ、本当の“自分の声”である。
  3. 「リアルなつながり」を優先する
    オンライン上の“共感”よりも、目の前の友人や家族との対話を大切にする。
    そこには、アルゴリズムでは再現できない温度と表情がある。

これらは単なるデジタルデトックスではない。“存在の中心”を取り戻すための習慣である。

「いいね」より「いい生き方」を

SNSは悪ではない。使い方次第で、世界中の人とつながり、創造や共感を広げることもできる。
しかし、その便利さの裏で、“自分を見失う危険”が潜んでいる。

大切なのは、他人の視線よりも、自分の内側の声に耳を傾けること。
誰かに認められるためではなく、自分が納得できる生き方を選ぶこと。
「いいね」を集めるより、「いい生き方」を積み重ねることが、SNS時代を生きる私たちにとっての新しい美徳ではないだろうか。