■なぜ「格差が広がっている」という声が止まらないのか
日本ではここ数年、「格差社会」「分断」「階層固定化」という言葉が政治・メディア・SNSのあらゆる場所で語られている。
しかし、問題は単なる印象論ではなく、統計データの読み方によって結論が大きく変わる点にある。
一部の指標では「格差は横ばい」が示される一方、別の指標では「むしろ広がっている」と読める。
本稿では、国税庁統計、総務省統計、厚労省調査など一次情報に基づき、日本の階層構造が実際にどう変化しているのかを、可能な限り冷静に整理する。
結論を先に示すと、
日本の格差は“平均値では横ばい”だが、“階層の固定化”が進み、相対的貧困層が構造化している。
つまり「見えにくいが確実に広がっている格差」が存在する。
■年収データは「格差は横ばい」に見えるのはなぜか?
最初に、しばしば議論の根拠として引用される 国税庁『民間給与実態統計調査』 を見てみよう。
最新データ(2024年発表)では以下の傾向が見える。
- 平均給与:約458万円(ほぼ横ばい)
- 年収300万円以下の割合:約43%(2020年代も大きく変化なし)
- 年収1000万円以上:約7%前後で安定
平均値や分布を見ると「長期的に大きく変化していない」ように見える。
だがこの統計は、**雇用者の分布を固定したままの“瞬間写真”**であり、階層移動や資産の偏在を反映していない。
さらに大きな盲点がある。
●正社員比率の低下が“平均値を維持”してしまう
総務省「労働力調査」によれば、
非正規比率は40年間で 約16% → 約38% へと急増している。
非正規が増えるほど年収格差は広がるが、一方で正社員の給与が微増しているため、全体平均が押し下げられすぎず、“横ばいに見える”のだ。
平均は安定して見えても、
「安定した正社員層」と「不安定な非正規層」 の二極化は確実に進んでいる。
■資産格差は“完全に広がり続けている”
日本の格差議論で最も見落とされがちなのが 資産格差 である。
日本銀行「資金循環統計」によれば、
2024年時点の家計金融資産は 2,200兆円 を突破。
しかしその内訳は極端で、
- 上位20%が全資産の**約62%**を保有
- 下位20%はほぼ資産ゼロ
さらに象徴的なデータがある。
●家計金融資産の中央値は「110万円程度」にすぎない
平均値は高さを維持しているが、中央値は極端に低い。
つまり、
「ごく一部が巨額の資産を持ち、残りはほとんど持っていない」
構造が明確になっている。
特に進行したのは2020年代前半の株価上昇で、投資をしていた層とそうでない層の差は指数関数的に拡大した。
■“階層の固定化”は本当に起きているのか?
日本では「貧困の世代間連鎖」という言葉が近年急速に注目を集めている。
これは単なる概念ではなく、データ上も裏付けがある。
文科省・厚労省の共同調査では、
親の年収が低い家庭ほど、大学進学率が一貫して低い
という結果が毎年確認されている。
- 世帯年収900万円以上:大学進学率 71%
- 世帯年収400万円未満:大学進学率 36%
教育格差がそのまま所得格差に直結し、
結果として 階層移動の少ない社会 が形成されつつある。
特に注目すべきは、
大学進学者の奨学金依存率(返済型)が50%超に達し、返済負担が若年層の可処分所得を圧迫している点だ。
これでは、
「努力すれば報われる」という社会の基盤が崩れてしまう。
■消費動向が示す“貧困化の実態”とは?
消費の二極化も階層化を示す重要なデータだ。
総務省「家計調査」を見ると、以下のような構造的変化が見える。
- 若年層の食費・光熱費比率が上昇
- 趣味・教育・耐久消費財への支出は減少
- 貯蓄ゼロ世帯は2人以上の世帯で約33%、単身世帯では約50%
特に顕著なのは20代・30代の消費力低下で、
「可処分所得の不足」が生活の選択肢を著しく狭めている。
一方で、高齢者層の平均資産は過去最高を更新しており、
高齢者の資産保有と若年層の貧困化 が同時に進んでいる。
■雇用安定の格差は“働き方”で決まる
階層格差をより実感値に近づけるためには、
所得の絶対額ではなく、雇用安定性に注目する必要がある。
●日本の労働市場は「二重構造」が固定化した
正社員:終身雇用・昇給制度・退職金
非正規:契約不安定・低賃金・昇給ほぼなし
総務省によると、非正規の平均月収は 約17万円。
賞与なしが大半で年収換算すると 約200万円前後。
“生活が成り立たない雇用層”が常態化しているのが現実だ。
さらに、コロナ以降はフリーランスや業務委託の増加によって、
「雇用保護の外側で働く層」が拡大し、保障の格差はより広がった。
■格差を生んでいるのは“税と社会保障”の構造か?
格差拡大の背景には、所得そのものだけではなく、税制と社会保障の逆進性もある。
●消費税は所得の低い層が最も負担している
国税庁の推計では、
年収300万円未満の層は所得の約10〜12%を消費税で負担しているのに対し、
年収1000万円以上の層は約4〜5%。
これは日本の税制が
「稼ぐ力が弱いほど負担が重くなる」 構造を持っていることを意味する。
●社会保険料の負担も低所得層ほど重い
厚労省資料によると、社会保険料はほぼ比例的に徴収され、
一定の年収ラインを超えると天井があるため、
「伸びしろのない層ほど負担比率が高い」という逆進性が生まれている。
税と保険料の合計負担率を見ると、
年収300万円層と600万円層の負担率がほぼ同水準になるというデータもある。
■日本の格差は「広がっていない」ではなく「見えにくい形で進む」
ここまでのデータを総合すると、
「日本の格差は広がっているのか?」という問いへの答えは次のようになる。
◎所得(給与)ベース
→ 見かけ上は“ほぼ横ばい”だが、雇用形態による格差は明確に拡大
◎資産ベース
→ 高齢者中心に増加し、若年層との格差は過去最大
◎世代間移動
→ 教育格差を背景に固定化が進みつつある
◎生活実感(消費・可処分所得)
→ 若年層ほど厳しく、下位層の貧困が構造化
つまり、
「格差は横ばい」という統計と、「格差が広がっている」という生活実感の両方が同時に成立する社会
になっているのである。
■日本はこれから“階層社会”になるのか?
このまま進めば、日本は次のような構造になる可能性が高い。
- 中間層が縮小し、上位と下位の二極化へ
- 資産を持つ層と持たない層の差が固定化
- 社会保険・税負担が下位層をさらに圧迫
- 若年層の教育格差が雇用格差へ直結
- 努力では超えられない“見えない壁”が増える
特に若年層の消費力低下が続けば、
企業収益、税収、年金財政、人口などあらゆる領域に負の連鎖が広がる。
■格差を是正するカギは何か?(独自分析)
筆者の立場としては、日本の格差問題は“所得そのもの”よりも、
雇用安定・資産形成・教育投資の三点セット が課題だと考える。
- 正社員中心の雇用制度をアップデートし、スキルベースの移動を促す
- 若年層の投資・資産形成を制度的に支援する
- 教育費の負担軽減を本格的に進め、世代間格差の源泉を断つ
これらは単なる理想ではなく、日本の持続性を左右する政策の中核になるだろう。
格差は「平均では見えにくくなる」ため、制度的な改革なしには改善しない。
今必要なのは、データに基づく冷静な分析と、政治的決断である。
