私たちは毎日のように、行政サイト、銀行アプリ、企業の予約フォームを使っている。

そのたびに「なぜこんなに分かりにくいのか」と感じた経験はないだろうか。

動作が遅い、手順が多い、同じ情報を何度も入力させられる。

これは単なる「慣れ」の問題ではない。そこには構造的な理由がある。

なぜ日本のITサービスは直感的に使えないのか?

利用者よりも組織都合を優先する設計思想が根底にある。

多くの日本のITサービスは、「どう使ってほしいか」ではなく「どう管理したいか」から設計されている。

現場でヒアリングをすると、発注側の最初の関心は「セキュリティ」「監査対応」「既存システムとの整合性」だ。

利用者の体験は、後回しになることが少なくない。

ある自治体のシステム担当者はこう語った。
「操作性よりも、まず事故を起こさないことが最優先でした」と。

その結果、確認画面が増え、チェック項目が増え、利用者の負担が増える。

安全性は高まるかもしれないが、体験は削られていく。

なぜUX専門人材が意思決定に関われないのか?

UXは“装飾”と誤解され、経営レベルの議題になっていない。

海外のIT企業では、UX責任者が経営会議に参加するのは珍しくない。

一方、日本企業ではUX担当は制作会社の一部門、あるいは下請け扱いになることが多い。

予算配分の会議で削られやすいのもUX関連費用だ。

「デザインは最後に整えればいい」という発想が根強い。

しかしUXは見た目の問題ではない。

体験設計、導線設計、心理的負担の軽減、エラー時の安心感まで含む総合設計である。

それが理解されないまま、UIの色やボタン配置だけが議論される。

なぜ日本のシステムは確認画面が多いのか?

責任回避型の設計文化が操作工程を増やしている。

入力 → 確認 → 再確認 → 最終確認。

こうした多段階フローは日本のサービスに特有だ。

背景には「利用者のミスを防ぐ」という建前と、「責任を問われないようにする」という本音がある。

海外の一部サービスでは、誤入力後でも柔軟に修正できる設計が多い。

日本では、修正不可のケースが多く、「最初から間違えるな」という構造になる。

つまり、失敗を許容しない設計思想が根付いている。

しかし人間は必ず間違える。

UXとは「間違えても困らない」仕組みを作ることでもある。

なぜベンダー依存構造が改善を妨げるのか?

発注者と開発者の分断が、利用者不在のシステムを生む。

日本の大規模システムは、多重下請け構造で作られることが多い。

発注者 → 元請け → 二次請け → 三次請け。

この構造では、最終的にコードを書く現場に利用者の声が届きにくい。

実際、ある金融系プロジェクトでは、UX改善提案が「仕様外」として却下された。

なぜか。

契約書に記載がなかったからである。

つまり「良くする」ことよりも「契約通りに作る」ことが優先される。

これが改善を止める最大の壁だ。

なぜ“失敗から学ぶ文化”が育たないのか?

失敗が評価減点になる環境では、挑戦的なUX改善は起こらない。

海外ではβ版公開や小規模テストが一般的だ。

まず出し、改善する。

しかし日本では「完成品でなければ出せない」という空気がある。

完璧主義は美徳でもあるが、IT領域では機動力を奪う。

現場のエンジニアに話を聞くと、「改善案はあるが、リスクを取りたくない」という声が出る。

評価制度が挑戦を後押ししていない。

その結果、無難で使いにくいシステムが量産される。

なぜ日本はハードは強いのにソフトが弱いのか?

製造業的発想が、サービス体験設計と相性が悪い。

日本は精密機械や自動車では世界的評価を得てきた。

そこでは「不良ゼロ」「品質最優先」が成功要因だった。

しかしソフトウェアは常に更新される前提の世界だ。

完成ではなく、進化が前提である。

ところが多くの企業では、システムを“完成品”として扱う。

導入したら終わり。

改善は保守契約の範囲内でしか行われない。

この発想のズレが、UX軽視を生む。

なぜ行政サービスは特に使いにくいのか?

縦割り構造と法令優先設計が利用者体験を複雑化している。

行政システムは、法令順守が最優先だ。

しかしその条文構造がそのままUIに反映されることがある。

制度上の区分が、画面上の選択肢になる。

利用者にとっては意味が分からない分類でも、制度上は必要だ。

結果として、分かりにくい入力画面が生まれる。

加えて、部署ごとにシステムが分断されている。

同じ情報を何度も入力させられるのは、そのためだ。

利用者目線の統合設計が欠けている。

UX軽視がもたらす本当の損失とは何か?

使いにくさは生産性と信頼を同時に失わせる。

ITサービスの使いにくさは、単なる不便ではない。

入力時間の増加は、企業全体の生産性を削る。

ストレスは、ブランド信頼を下げる。

ある企業では、UI改善だけで問い合わせ件数が30%減った例がある。

つまりUXはコストではなく投資だ。

それを理解できない限り、日本のITは競争力を持てない。

改善は可能なのか?

意思決定構造を変えれば、日本でもUX改革は可能である。

必要なのはデザイナーを増やすことではない。

経営会議にUX責任者を入れることだ。

利用者テストを予算化することだ。

契約書に「改善提案枠」を組み込むことだ。

実際、スタートアップ企業ではUXを武器に成長している例が増えている。

問題は技術力ではない。

意思決定の優先順位だ。

まとめ

日本のITサービスが使いにくいのは、能力不足ではない。

構造の問題である。

組織都合、責任回避文化、多重下請け、完璧主義。

これらが重なり、UXは後回しになる。

しかし逆に言えば、構造を変えれば改善できる。

UXは装飾ではない。

それは信頼の設計であり、社会の生産性を左右する基盤である。