生まれた時からスマートフォンやSNSが身近にあるデジタルネイティブは、上の世代より便利で幸せなのでしょうか。結論からいえば、ネットは若者の可能性を広げる一方、比較、孤独、睡眠不足から逃れにくい環境も生みました。本記事では、国内外の調査を基に、幸福を左右する本当の要因を考えます。

デジタルネイティブは本当に不幸なのか?

デジタルネイティブが一律に不幸になったとはいえず、ネットの恩恵と負担を同時に抱えているのが実態です。

デジタルネイティブとは、幼少期からインターネットやデジタル機器に接して育った世代を指します。日本では、1990年代後半から2010年代に生まれた若者を念頭に使われることが多い言葉ですが、明確な年齢区分が決まっているわけではありません。

彼らにとってネットは、後から覚えた便利な道具ではありません。友人との連絡、勉強、娯楽、買い物、進路選択、自己表現までを支える、生活環境そのものです。

実際、日本の若者が全体として幸福を感じていないわけではありません。こども家庭庁が2026年4月に公表した調査では、「今、自分が幸せだと思う」と肯定的に答えた割合は、10~14歳で94.6%、15~39歳で86.3%でした。

この数字だけを見れば、ネット時代の若者が過去に例のない不幸の中にいるとはいえません。しかし、平均的な幸福度が高いことと、一部の若者が強い孤独や不安を抱えていることは両立します。

デジタル世代の現実を捉えるには、次の二つを分けて考える必要があります。

  • 若者全体として幸福感があるか
  • ネットによって特定の若者の負担が強まっていないか
  • 利用時間ではなく、何にどう使っているか
  • オンライン以外の生活が保たれているか

「若者はスマホのせいで不幸になった」と決めつけても、「便利なのだから問題はない」と楽観しても実態を見誤ります。問うべきなのは、ネットの有無ではなく、どのようなネット環境の中で暮らしているかなのです。

ネットは若者に何を与えたのか?

ネットは、学習、交流、創作、相談の機会を広げ、以前なら届かなかった人や情報へ若者をつないでいます。

かつて、子どもが得られる情報は、家庭、学校、地域、テレビ、書籍などに限られていました。現在は動画やオンライン教材を通じて、外国語、プログラミング、音楽、受験勉強などを自分の関心に合わせて学べます。

身近に同じ趣味を持つ人がいなくても、ネット上なら仲間を見つけられます。病気や障害、家庭環境、性的少数者としての悩みなど、周囲には話しにくい問題について、情報や当事者の声に触れられることも重要です。

OECDは、デジタル環境が子どもに学習、遊び、社会的交流の貴重な機会を与えていると評価しています。その一方で、利益と危険は同時に存在するため、単純に利用を減らすだけでは十分ではないとしています。

居場所を広げるネット

学校や家庭で孤立している若者にとって、オンラインのつながりが唯一の居場所になる場合があります。対面では言葉にできない悩みも、匿名の相談窓口や同じ経験を持つ人には話しやすいことがあります。

ネット上の友人関係を「本当の人間関係ではない」と切り捨てることはできません。オンラインで始まった交流が自信や創作活動につながり、現実の生活を支える例もあるからです。

デジタル環境がもたらす主な利点は、次のように整理できます。

  • 地域や家庭環境に左右されにくい学習機会
  • 趣味や価値観を共有できる仲間との出会い
  • 悩みや病気に関する情報へのアクセス
  • 動画、音楽、文章などを発表する機会
  • 社会参加や仕事につながる新しい経路

したがって、ネットから完全に遠ざけることが、必ずしも若者の幸福につながるとは限りません。デジタル社会から切り離されること自体が、新たな格差や孤立を生む可能性もあります。

なぜSNSは幸福と不安を同時に生むのか?

SNSは人とつながる安心を与える一方、終わりのない比較と評価の場にもなるためです。

対面の人間関係では、友人が何をしているかを一日中知ることはありませんでした。しかしSNSを開けば、旅行、恋愛、食事、学歴、容姿、仕事など、他人の生活の華やかな部分が次々と表示されます。

投稿されるのは、日常の中から選び抜かれた瞬間です。それでも見る側は、その編集された生活と自分の平凡な一日を比べ、「自分だけが遅れている」と感じることがあります。

さらに、数字による評価が常に表示されることもSNSの特徴です。「いいね」の数、フォロワー数、再生回数が、自分の人気や価値を示す成績表のように見えてしまいます。

つながっていても孤独になる理由

連絡を取れる相手が多いことと、悩みを打ち明けられる相手がいることは同じではありません。数百人とつながっていても、自分を理解してくれる人がいないと感じる若者はいます。

既読を付けたのに返事をしない、グループの会話から外される、自分だけが写真に写っていないといった小さな出来事も、ネット上では目に見える形で残ります。人間関係の不安が、学校を離れた後も自宅まで追いかけてくるのです。

WHO欧州地域事務局の2024年の調査では、青少年の11%に、利用を制御できず生活に悪影響が出る「問題のあるソーシャルメディア利用」の兆候が見られました。一方、36%はオンラインで常に友人と連絡を取り合っており、SNSが重要な交流手段であることも示されています。

ここで重要なのは、SNSを使う若者の全員が不健康になるわけではないことです。問題は、つながりが支えになっているのか、それとも比較、義務感、排除への恐怖に変わっているのかにあります。

長時間利用の何が問題なのか?

長時間のネット利用そのものより、睡眠、運動、勉強、対面交流が置き換えられていることが問題です。

スマートフォンの使用時間が長い若者ほど幸福度が低いという調査結果はあります。しかし、利用時間と不調が同時に見られるだけでは、スマートフォンが原因だと断定できません。

もともと孤独や不安を抱える人ほど、現実から離れるために動画やSNSを長時間利用している可能性もあります。つまり、ネットが不調を引き起こす場合と、不調がネット利用を増やす場合の両方が考えられます。

睡眠を奪う設計

それでも、夜間の利用が睡眠を削りやすいことは見逃せません。短い動画やおすすめ投稿は次々と表示され、終わりを自分で決めなければ閲覧が続くように設計されています。

布団に入ってから「あと一本だけ」と動画を見続ければ、就寝時刻は遅れます。通知が来るたびに画面を確認すれば、眠りに入った後も睡眠が中断される可能性があります。

文部科学省の2024年度調査では、平日にSNSや動画視聴を一日3時間以上行う割合は、小学生で約21%、中学生で約32%でした。3時間以上利用する児童生徒には、勉強時間が短く、就寝時刻が一定しない傾向も見られました。

長時間利用によって失われやすいものは、次の通りです。

  • 十分な睡眠と決まった生活リズム
  • 身体を動かす時間
  • 集中して勉強や読書をする時間
  • 家族や友人と対面で話す時間
  • 何もしないで考える余白

スマートフォンを使った時間だけを見るのではなく、その時間によって何が減ったのかを見る必要があります。デジタル機器の影響は、画面の中だけでなく、画面の外の生活に現れるからです。

デジタルネイティブほどネットに詳しいのか?

幼い頃からネットを使っていても、情報を見抜き、自分を守り、利用を制御する能力が自然に身に付くわけではありません。

若者は機器の操作には慣れています。新しいアプリを使い始めたり、写真や動画を編集したりする能力では、大人より優れていることも珍しくありません。

しかし、操作ができることと、情報の信頼性を判断できることは別です。広告と個人の感想を見分ける、生成AIによる偽画像を疑う、個人情報がどこまで広がるかを想像するといった力は、学習しなければ身に付きません。

子どもの頃から車に乗っているからといって、自動的に安全運転ができるようにはなりません。デジタルネイティブという呼び方には、「若者ならネットを使いこなせる」という過大評価が含まれやすいのです。

見えにくい仕組みに囲まれる世代

現在の若者が向き合っているのは、単なる通信道具ではありません。利用履歴を分析し、関心を引きそうな投稿や動画を自動的に選ぶ推薦システムです。

刺激の強い情報や怒りを誘う投稿ほど注目を集めれば、似た内容がさらに表示されることがあります。利用者は自分で選んでいるつもりでも、実際には選択肢そのものがプラットフォームによって並べられています。

UNICEFは、子ども向けに作られていないデジタル環境が子どもに特有の危険をもたらす一方、安全に利用するための法制度、教育、支援が技術の普及に追いついていないと指摘しています。

子ども本人の自制心だけに責任を負わせるのは公平ではありません。注意を引き続けることによって利益を得るサービスの設計や、企業の責任も問われるべきです。

若者の幸福を守るには何が必要なのか?

全面禁止ではなく、利用目的を選び、生活の土台を守り、困った時に離れられる環境を作ることが重要です。

家庭で「スマホは一日何時間まで」と決めることには一定の意味があります。しかし、宿題、友人との連絡、動画制作、目的のない閲覧をすべて同じ利用時間として扱えば、実態に合わないルールになります。

重要なのは、何時間使ったかだけでなく、使った後にどう感じるかです。知りたいことを学び、友人と話して満足できたのか、それとも比較と不安だけが残ったのかを本人が振り返れることが大切です。

家庭や学校では、次のような視点が現実的です。

  • 就寝前や食事中は端末から離れる時間を作る
  • 使用時間だけでなく、利用目的を話し合う
  • 誹謗中傷や排除を受けた時に相談できる人を決める
  • ネット以外の居場所や活動を確保する
  • 大人自身もスマートフォンの使い方を見直す

保護者だけがスマートフォンを見続けながら、子どもに利用制限を求めても説得力はありません。家庭全体で通知を切る時間を設けるなど、大人も同じ環境の利用者として行動する必要があります。

個人の努力だけでは解決できない

学校には、情報モラルだけでなく、情報源の確認、広告の仕組み、推薦アルゴリズム、生成AIなどを扱う教育が求められます。危険な投稿をしないよう注意するだけでなく、なぜその情報が表示されたのかを考える力が必要です。

企業には、未成年者の利用データを過度に集めないことや、依存を促す設計を見直すことが求められます。行政にも、被害相談、年齢に応じた保護、研究データの整備を進める責任があります。

OECDは、子どものデジタル・ウェルビーイングを守るには、安全な設計、子どもと保護者の能力向上、支援サービス、政策の連携を含む包括的な対応が必要だとしています。

デジタル社会で幸福に生きる力とは、ネットを長時間使わない能力だけではありません。必要な時に使い、傷ついた時には離れ、信頼できる人へ助けを求められる力です。

ネットのない時代に戻ることが答えではない

デジタルネイティブの幸福を守る答えは、ネットを奪うことではなく、人間が主導権を取り戻すことです。

ネット以前の社会にも、いじめ、孤独、容姿への劣等感、進路不安はありました。デジタル技術はそれらを生み出したというより、可視化し、拡散し、学校や家庭の外まで持続させた面があります。

一方で、ネットがなければ出会えなかった仲間、学べなかった知識、届かなかった相談先もあります。利益を残しながら害を減らすことが、現実的な方向です。

幸せかどうかを分けるのは、スマートフォンを持っているかどうかだけではありません。安心できる家庭や友人関係、十分な睡眠、経済的な安定、将来への希望、自分の意思が尊重される経験など、画面の外の条件が大きく影響します。

デジタルネイティブを「スマホ依存の若者」として見るのではなく、巨大な技術変化の最初の世代として捉える必要があります。彼らはネットを使いこなしているだけでなく、ネット社会の未完成な制度やルールを引き受けながら育っているのです。

まとめ

デジタルネイティブは、ネットがあるから幸福とも、ネットのせいで不幸とも一概にはいえません。

インターネットは学習、交流、創作、相談の機会を広げ、地域や家庭環境を超えた居場所を生み出しました。その一方で、SNSによる比較、終わりのない評価、睡眠不足、誹謗中傷など、以前にはなかった負担も日常に持ち込みました。

重要なのは、利用時間だけで若者を評価しないことです。ネットが生活を豊かにしているのか、それとも睡眠や対面関係、自尊心を奪っているのかを見なければなりません。

若者の幸福を守る責任は、本人や家庭だけにあるのではありません。学校、企業、行政、大人の利用習慣を含め、社会全体でデジタル環境を整える必要があります。

デジタルネイティブの幸福を左右するのは、ネットが存在することではなく、ネットの中でも外でも、自分の時間と人間関係を自分で選べるかどうかです。