大学進学に必要な学費を、奨学金だけでなく教育ローンで補う家庭が増えれば、卒業後に誰が返済を背負うのでしょうか。学費ローンは直ちに「第二の奨学金問題」になるわけではありませんが、親の借金と学生本人の奨学金が重なることで、教育費負担が家族全体に長期化する危険があります。本記事では、両制度の違いと教育負債が若年世代に残す影響、必要な対策を解説します。
学費ローンは第二の奨学金問題になり得るのか?
学費ローンは、奨学金と重ねて利用されることで、親子二世代に返済負担を残す「教育負債」の問題になり得ます。
日本では、返済が必要な貸与型奨学金が事実上の学生ローンとして機能してきました。そこに教育ローンが加わると、学生本人が奨学金を返し、親が教育ローンを返すという二重の債務構造が生まれます。
問題の本質は、借り入れ自体にあるのではありません。進学時には返済可能に見えても、卒業後の収入、親の定年、物価上昇、住宅費などが重なり、返済能力が後から低下する点にあります。
令和6年度の日本学生支援機構の支援実績では、大学学部生の31.7%が同機構の給付奨学金または貸与奨学金を利用しています。大学進学において、何らかの奨学金を利用することは、すでに一部の学生だけの特殊な選択ではありません。
教育費を借り入れで賄う場合、家庭には主に次のような負担が生じます。
・学生本人が卒業後に返す貸与型奨学金
・保護者が返済する国や民間金融機関の教育ローン
・入学前に必要となる受験料、入学金、転居費
・在学中の生活費や通学費を補う追加借り入れ
一つひとつの返済額が小さくても、親子を合計した負債は大きくなります。そのため、学費ローン問題は個別の金融商品の問題ではなく、教育費を家族の借金で支える仕組み全体の問題として考える必要があります。
奨学金と教育ローンは何が違うのか?
奨学金は原則として学生本人が利用し、教育ローンは主に保護者が契約する点に大きな違いがあります。
「学費を借りる」という目的は同じでも、契約者、入金時期、返済開始時期、審査基準は異なります。両者の違いを理解しないまま併用すると、家計全体の返済額が見えにくくなります。
奨学金は学生本人の債務になる
日本学生支援機構の奨学金には、返済不要の給付型と、返済が必要な貸与型があります。貸与型のうち第一種奨学金は無利子、第二種奨学金は有利子であり、基本月額の利率は年3%が上限です。
貸与型奨学金の返済は、原則として卒業後に学生本人が行います。借りる時点ではまだ安定した職業に就いていないため、将来の収入を前提に契約する点が特徴です。
教育ローンは保護者の債務になる
教育ローンは、保護者などが金融機関から教育資金を借り、契約後すぐに返済を始めるのが一般的です。日本政策金融公庫の「国の教育ローン」は、通常は子ども1人につき上限350万円で、一定の要件を満たす場合は上限450万円まで利用できます。
2026年5月時点の固定金利は年3.75%で、日本学生支援機構の奨学金との併用も可能です。奨学金より早く資金を受け取れるため、入学金や受験費用など、進学前の支払いに使いやすい特徴があります。
両制度の違いを整理すると、次のようになります。
・奨学金は学生本人、教育ローンは主に保護者が契約する
・奨学金は進学後の入金が中心だが、教育ローンは入学前にも利用できる
・貸与型奨学金は卒業後、教育ローンは借入後から返済が始まることが多い
・教育ローンと奨学金は併用できるため、親子双方に債務が残る可能性がある
教育ローンは奨学金の代替制度とは限りません。実際には、奨学金だけでは足りない部分を埋める追加の借り入れとして利用されることがあり、そこに教育負債が膨らむ危険があります。
なぜ大学進学で借り入れが必要になるのか?
大学の学費だけでなく、入学前の一括負担と在学中の生活費が家計を圧迫するため、借り入れが必要になります。
文部科学省の調査によると、令和7年度に私立大学へ入学した学生の初年度納付金は、授業料、入学料、施設設備費、実験実習料などを合わせて平均約151万円でした。これは大学へ支払う費用であり、一人暮らしの家賃や食費、教科書代などは含まれていません。
私立高校でも、令和6年度の全日制における初年度納付金は平均約78万円です。高校から大学まで私立に通う場合、家庭が負担する教育費は数年間にわたり続くことになります。
入学前にまとまった現金が必要になる
奨学金は進学後に支給が始まるものが多いため、入学手続き時の支払いに間に合わない場合があります。文部科学省も、高等教育の修学支援新制度による奨学金の支給は進学後に始まると案内しています。
家庭が入学前に用意しなければならない費用には、次のようなものがあります。
・受験料や受験会場までの交通費、宿泊費
・合格後に納める入学金や前期授業料
・一人暮らしを始めるための敷金、家財、引っ越し費用
・パソコン、教材、実習用品などの購入費
こうした費用は短期間に集中します。家計に年間の授業料を負担できる余力があっても、数十万円から100万円を一度に用意できなければ、教育ローンに頼らざるを得ないことがあります。
進学を諦めないための借金でもある
教育ローンには、経済的な事情だけで進学を断念することを防ぐ役割があります。必要な時期に資金を確保できれば、進学先や学びたい分野の選択肢を広げられるからです。
したがって、教育ローンを一律に否定することは適切ではありません。問題は、借り入れ総額と返済後の生活を十分に検討しないまま、「大学を出れば返せるだろう」という期待だけで契約してしまうことです。
教育負債は若者の人生に何を残すのか?
教育負債は毎月の返済だけでなく、就職、結婚、住宅取得、子育てなど卒業後の選択にも影響します。
たとえば、大学卒業時に300万円の貸与型奨学金が残り、親も教育ローンを返済している家庭を考えてみます。本人の返済額が月1万5000円なら小さく見えますが、20年間続けば、30代や40代の生活設計にも影響します。
JASSOの資料にも、月1万5000円を20年間返済する例が示されています。返済額を減らす制度を利用した場合は月々の負担を抑えられる一方、完済時期が40代後半や50代まで延びるケースがあります。
若年期には、奨学金返済以外にも次のような支出が集中します。
・就職後の家賃や転居費、仕事に必要な費用
・結婚や出産、育児に伴う生活費
・住宅購入に向けた頭金や住宅ローン
・親の生活支援や介護に備える費用
・失業や病気に備えるための貯蓄
教育負債があることで、直ちに結婚や住宅購入が不可能になるわけではありません。しかし、毎月自由に使える所得が減るため、転職、独立、出産といった収入が一時的に不安定になる選択を避けやすくなります。
親の老後にも影響する
教育ローンの契約者が親である場合、子どもの卒業後も返済が続くことがあります。特に40代後半から50代で借り入れれば、定年後まで返済が残る可能性を考えなければなりません。
親が老後資金を取り崩して返済すれば、将来は子どもが親を経済的に支えることにもなります。子どものために借りた教育費が、後になって子どもの負担として戻ってくる構造です。
この意味で、教育負債は単なる「若者の借金」ではありません。学生本人の奨学金、親の教育ローン、親の老後不足がつながることで、家族内を循環する債務になり得ます。
奨学金問題より見えにくいのはなぜか?
教育ローンは保護者名義で契約されるため、若者が抱える教育負担として統計や社会的議論に表れにくい傾向があります。
貸与型奨学金は、利用者数、貸与額、返還状況などが継続的に公表されています。そのため、卒業時に若者が抱える債務として認識されやすく、返済困難者への支援も議論されてきました。
一方、教育ローンには国の制度だけでなく、銀行、信用金庫、信販会社などが提供する商品があります。契約者も親、祖父母、学生本人などに分かれるため、「教育のために家族全体でいくら借りているのか」を把握しにくいのです。
また、教育ローンは一般的な金融商品として扱われるため、住宅ローンや自動車ローンと同じく、返済できるかどうかは借り手の責任だと考えられがちです。しかし、教育には将来の所得を高める可能性だけでなく、社会全体の人材を育てる公共的な役割もあります。
教育費の負担を家庭の自己責任だけに委ねれば、親の所得や資産によって進学先が左右されます。さらに、進学できた場合でも、資産の少ない家庭ほど大きな債務を抱えて社会人生活を始めることになります。
問題を把握するためには、次の数字を一体的に見る必要があります。
・学生本人が借りた奨学金の総額
・保護者が借りた教育ローンの総額
・家庭が預貯金から支出した教育費
・卒業後の所得に対する年間返済額
・親の定年時に残るローン残高
奨学金だけを調べても、家庭が抱える本当の教育負担は分かりません。親子を一つの家計として捉える視点が、第二の奨学金問題を防ぐために必要です。
教育負債を増やさないために何が必要か?
教育負債を抑えるには、給付支援の拡充だけでなく、借りる前の情報提供と返済困難時の支援を一体化する必要があります。
高等教育の修学支援新制度によって、対象者には授業料や入学金の減免、返済不要の給付奨学金が用意されています。しかし、対象要件から外れる世帯や、支援額だけでは学費と生活費を賄えない家庭もあります。
家庭が借りる前に確認すべきこと
進学時には、月々の返済額だけでなく、親子を合わせた総返済額を確認する必要があります。特に、教育ローンと奨学金を別々に検討すると、家計全体の負担を過小評価しやすくなります。
借り入れ前には、少なくとも次の点を確認すべきです。
・卒業時に学生本人へ残る奨学金残高
・親が定年を迎える時点の教育ローン残高
・想定する手取り収入に対する返済額の割合
・自宅通学、公立大学、減免制度を選んだ場合との差額
・休学、留年、退学、就職難が起きた場合の返済計画
大学名や初任給の平均だけで返済能力を判断するのは危険です。実際の就職先、地域、雇用形態によって手取り収入は異なるため、収入を低めに設定した試算も必要になります。
返済が難しくなったら早く相談する
JASSOには、月々の返済額を2分の1や3分の1などに減らす減額返還制度や、返済を一定期間先送りする返還期限猶予制度があります。一般的な返還期限猶予は1年ごとの申請で、通算10年が原則的な上限です。
第一種奨学金では、収入に応じて返還月額が変わる所得連動返還方式も選択できます。ただし、所得が上がれば返済月額が大きくなる場合もあるため、制度名だけでなく返済シミュレーションを確認することが重要です。
教育ローンについても、返済が苦しくなってから新たな借り入れで穴埋めするのではなく、金融機関に早期相談する必要があります。延滞後は選択肢が狭くなるため、返済の見通しが悪化した段階で動くことが大切です。
政策には親子合算の視点が必要になる
今後は奨学金の返還状況だけでなく、教育ローンを含めた親子の教育債務を把握する仕組みが求められます。支援制度の審査でも、その年の世帯年収だけでなく、兄弟姉妹の教育費や親の年齢、既存の教育債務を考慮する必要があります。
また、大学側にも、卒業後の進路や所得実績を踏まえた学費説明が求められます。学費の総額だけでなく、標準的な借入額、返済期間、利用できる給付制度を入学前に示せば、過大な借り入れを防ぎやすくなります。
まとめ
学費ローンは単独で奨学金問題と同じものではありませんが、奨学金と併用されることで、親子二世代に教育負債を残す問題へ発展する可能性があります。
教育ローンには、入学前の費用を用意し、経済的理由による進学断念を防ぐ重要な役割があります。一方で、学生本人の奨学金、親のローン、親の老後資金を別々に考えると、家族全体の負担を見誤ります。
重要なポイントは次のとおりです。
・貸与型奨学金は主に学生本人、教育ローンは主に保護者の債務になる
・両者を併用すると、親子が同時に返済を続ける可能性がある
・返済は若者の結婚、住宅取得、転職、子育てなどの選択に影響する
・親の定年後まで教育ローンが残れば、老後不足を通じて子どもに負担が戻る
・借り入れ前には親子合算の総額と、収入が低い場合の返済計画を確認する必要がある
教育は将来への投資ですが、その費用を過度に個人と家族の借金に依存すれば、学ぶ機会を得た若者が卒業と同時に長期債務を背負います。学費ローンを「第二の奨学金問題」にしないためには、進学できるかだけでなく、卒業後に無理なく暮らせるかまで含めて教育支援を設計する視点が必要です。
