2026年7月17日、日本国旗を公然と損壊する行為などを処罰する「国旗の損壊等の処罰に関する法律」が、参議院本会議で可決され、成立しました。

国旗を大切に思う国民感情を保護することが目的とされる一方、「著しく不快又は嫌悪の情を催させる方法」という基準が曖昧で、表現の自由を萎縮させるとの批判も出ています。

実際には、日の丸を破ったり汚したりすれば、すべて犯罪になるわけではありません。どのような行為が処罰対象となり、警察の判断にどこまで委ねられるのかを解説します。

日本国旗損壊罪法が成立

国旗の損壊等の処罰に関する法律案は、自由民主党、日本維新の会、国民民主党、参政党の議員によって、2026年6月16日に衆議院へ提出されました。

衆議院では6月26日に内閣委員会で可決され、6月30日の本会議を通過しました。その後、参議院での審議を経て、7月17日に成立しています。

この法律は刑法の一部を改正するのではなく、国旗の損壊行為を処罰する独立した法律として制定されました。公布の日から20日を経過した日から施行されます。

何をすると処罰されるのか

法律が処罰対象としているのは、人に著しい不快感や嫌悪感を抱かせるような方法により、公然と日本国旗を損壊、除去、または汚損する行為です。

罰則は2年以下の拘禁刑または20万円以下の罰金です。外国の国旗や国章を侮辱目的で損壊した場合に適用される外国国章損壊罪と、同じ水準の刑罰が設けられました。

「損壊」は破る、切る、燃やすなどして物の効用を害する行為、「汚損」は泥や塗料などで汚す行為を指します。「除去」は掲揚されている国旗を引き下ろしたり、取り外したりする行為です。

ただし、こうした行為をしただけで直ちに犯罪が成立するわけではありません。「公然と」行われたことと、「著しく不快又は嫌悪の情を催させる方法」であったことが必要です。

処罰対象となる国旗の範囲

法律上の「国旗」は、国旗国歌法に定められた日の丸として用いられていると、社会通念上認められる有体物と定義されています。

具体的には、建物や行事会場などに掲げられている布製の国旗や、国旗として使用する目的で作られた物が中心になると考えられます。

一方、紙に描いた日の丸、絵画の一部として表現された日の丸、漫画、アニメ、ゲーム、生成AIで作られた画像などは、通常は対象外と説明されています。

料理に添えられた小さな日の丸や、衣服の模様、広告や商品にデザインされた日の丸も、国旗として実際に用いられていると認められなければ、原則として対象にはなりません。

自分の国旗を壊しても犯罪になる

これまで、他人が所有する国旗を壊せば、器物損壊罪が成立する可能性がありました。しかし、自分で購入した国旗を自ら壊す行為は、器物損壊罪では処罰できません。

今回の法律には、国旗の所有者を限定する規定がありません。そのため、自分で購入した国旗であっても、公然と著しく不快感や嫌悪感を抱かせる方法で損壊すれば、処罰対象になる可能性があります。

この点が、従来の器物損壊罪との大きな違いです。国旗という物の所有権ではなく、国旗を大切に思う国民感情が、保護される利益として位置付けられています。

国旗を処分するだけでは処罰されない

古くなった国旗を家庭内で切って廃棄したり、見えない場所で焼却処分したりする行為は、通常は「公然と」行われたことにはならず、処罰対象にはなりません。

国旗の回収や処分を業務として行う事業者が、通常の方法で裁断や焼却を行う場合も、人に著しい不快感を抱かせる方法でなければ犯罪にはならないと考えられます。

また、事故や不注意によって国旗を破損した場合も、故意に行った犯罪とは異なります。法律が想定しているのは、客観的に見て国旗を侮辱的に扱ったと判断される公然の行為です。

ライブ配信は対象になる可能性

国旗を損壊する場所に人がいなくても、その様子をインターネットでライブ配信し、不特定または多数の人が認識できる状態にすれば、「公然と」の要件を満たす可能性があります。

一方、すでに撮影された国旗損壊の映像を報道したり、SNSで引用や再投稿をしたりするだけでは、映像を投稿した人自身が国旗を損壊したことにはなりません。

法律が処罰するのは、原則として自ら国旗を損壊、除去、汚損した人です。損壊の様子を報道した新聞社やテレビ局、映像を紹介した個人まで一律に処罰する制度ではありません。

「著しく不快又は嫌悪」の曖昧さ

最も議論になっているのが、「人に著しく不快又は嫌悪の情を催させるような方法」という処罰基準です。

何を不快に感じるかは、人によって異なります。国旗を燃やす行為には強い嫌悪感を抱く人が多い一方、切り込みを入れる、裏返して掲げる、別の色を塗るといった行為の評価は一定しない可能性があります。

法律は、この基準に該当するかどうかについて、行為の外形、周囲の状況、その他の客観的事情を総合的に考慮して判断すると定めています。

つまり、行為者が心の中でどのような意図を持っていたかだけではなく、実際に何をしたのか、どこで行ったのか、周囲にどのような人がいたのかなどが判断材料になります。

警察官に判断を丸投げしているのか

「著しく不快かどうかを警察官が判断するのは、現場への丸投げではないか」との批判があります。この指摘には一定の根拠がありますが、警察官が犯罪の成立を最終決定するわけではありません。

通報を受けた場合、最初に捜査の必要性を判断するのは警察です。現行犯逮捕や任意同行、証拠の収集を行うかどうかについて、現場の警察官や捜査機関が判断する場面は生じます。

その後、検察官が証拠や違法性を検討し、起訴するか不起訴にするかを決定します。起訴された場合、最終的に犯罪が成立するかを判断するのは裁判所です。

したがって、「警察官だけで有罪か無罪かが決まる」という説明は正確ではありません。しかし、曖昧な要件を用いて捜査を開始する入口では、警察の裁量が大きくなる可能性があります。

逮捕されること自体が影響を及ぼす

最終的に不起訴や無罪になったとしても、逮捕、家宅捜索、事情聴取などを受ければ、本人の生活や仕事に大きな影響が及びます。

そのため、法律の要件が曖昧である場合、処罰されるかどうかだけでなく、「警察に捜査されるかもしれない」という不安が表現活動を控えさせる可能性があります。

法律が直接表現を禁止していなくても、人々が自発的に政治的・芸術的表現を避けるようになる現象は、表現の自由に対する「萎縮効果」と呼ばれます。

今回の法律をめぐる懸念は、国旗を燃やす行為を積極的に認めるべきだという議論だけではありません。曖昧な基準によって、合法的な表現まで控えられるのではないかという問題です。

表現の自由への配慮規定

法律には、適用に当たり、表現の自由その他の憲法が保障する自由と権利を不当に侵害しないよう留意しなければならないとの規定があります。

この規定は、政治的抗議、芸術、報道、研究などの表現活動に対し、捜査機関が慎重に法律を適用することを求めるものです。

ただし、「留意しなければならない」という条文があるだけで、具体的な行為が自動的に処罰対象外になるわけではありません。

実際の事件では、国旗を損壊した行為の態様と、それが政治的・芸術的表現としてどのような意味を持つのかを踏まえ、慎重な判断が求められます。

政治的抗議も処罰される可能性

国旗を燃やしたり破ったりする行為は、単なる物の破壊ではなく、国家や政府への抗議を象徴的に示す表現として行われる場合があります。

今回の法律は、政治的抗議を明示的に適用対象から除外していません。政治的な主張を伝えるためであっても、法律上の要件を満たせば処罰される可能性があります。

このため、批判する側は、国旗を尊重する表現は認めながら、国旗を用いた批判的な表現だけを刑罰の対象にする「表現内容に基づく規制」ではないかと指摘しています。

東京弁護士会は、他人の国旗を壊す行為には器物損壊罪などで対処できるとして、今回の法律は自己所有の国旗を用いた批判的表現を狙い撃ちするものだと批判しました。

表現の自由は無制限ではない

一方、憲法が保障する表現の自由も、あらゆる行為を無条件に認めるものではありません。

他人の所有物を壊す行為、公共の安全を害する行為、他人の権利を侵害する行為などには、表現目的があっても一定の制約が認められています。

法律を支持する側は、国旗は日本国を象徴する公共的な存在であり、それを著しく侮辱的な方法で公然と損壊する行為を限定的に処罰することには、合理的な理由があると説明しています。

また、処罰対象を実物の国旗に限定し、行為の目的ではなく外形や周囲の客観的状況から判断することで、思想や内心を直接処罰する法律ではないとしています。

外国国章損壊罪との違い

刑法には以前から、外国の国旗や国章を侮辱する目的で損壊、除去、汚損する行為を処罰する外国国章損壊罪があります。

ただし、外国国章損壊罪が保護しているのは、外国との円滑な外交関係です。外国政府からの請求がなければ起訴できないという特徴もあります。

これに対し、今回成立した法律は、日本国旗を大切に思う国民感情を保護することを目的としています。外交関係ではなく、国内の国民感情そのものを刑罰で保護する点に違いがあります。

反対する法律家からは、外国国章損壊罪があるから日本国旗にも同じ処罰が必要だという説明は、保護する利益が異なるため単純には成り立たないとの指摘が出ています。

既存の法律では不十分だったのか

他人の国旗を破損すれば器物損壊罪、国旗を奪えば窃盗罪や強盗罪、公的な行事を妨害すれば威力業務妨害罪などが成立する可能性があります。

そのため、今回の法律がなければ対処できないのは、主として自分が所有する国旗を、公然と侮辱的な方法で損壊する行為です。

法律の必要性を支持する側は、既存の犯罪が成立しない場合でも、国旗を大切に思う国民感情は傷つけられるため、独自の処罰規定が必要だと主張しています。

反対する側は、不快感や嫌悪感だけを理由に刑罰を科すことは慎重であるべきで、実際に他人の権利や公共の安全が侵害されていない行為まで処罰する必要はないとしています。

芸術や報道への影響

絵画、映画、演劇、写真作品などの中で、国旗の破損を表現することが直ちに犯罪になるわけではありません。

画像や映像の中に描かれた日の丸は、通常、国旗として用いられている有体物ではありません。また、損壊行為を記録・報道すること自体も、原則として処罰対象ではありません。

しかし、芸術作品の制作過程で実物の国旗を公然と燃やしたり、観客の前で破ったりする場合には、法律が適用される可能性があります。

芸術表現だから常に許されるわけでも、国旗を扱った芸術がすべて禁止されるわけでもありません。具体的な行為と周囲の状況を個別に判断することになります。

今後は運用基準が重要になる

法律の成立時点では、「著しく不快又は嫌悪」の具体的な境界線は明確になっていません。

国旗の一部を切る行為、別の文字や図柄を描く行為、上下を逆に掲げる行為、抗議集会で踏み付ける行為などが、どのような場合に捜査対象となるのかは、今後の運用によって明らかになります。

警察庁や法務省が具体的な運用指針を示すのか、どの程度の行為で逮捕や書類送検が行われるのかが注目されます。

法律が限定的に運用されれば、表現活動への影響は小さくなる可能性があります。一方、判断基準が現場ごとに異なれば、恣意的な捜査や萎縮効果への懸念が強まります。

裁判所による憲法判断の可能性

実際に政治的、芸術的な国旗損壊行為が起訴された場合、裁判では憲法21条が保障する表現の自由との関係が争われる可能性があります。

裁判所は、国旗を大切に思う国民感情を刑罰によって保護する必要性と、政治的・象徴的表現を規制する不利益を比較することになります。

処罰範囲が広すぎる、基準が不明確である、表現内容によって差別的に規制していると判断されれば、違憲性が問題となる可能性もあります。

一方、対象が実物の国旗を公然と著しく侮辱的に損壊する行為に限定され、慎重に運用されれば、合理的な表現規制と評価される可能性もあります。

「違憲」と決まった法律ではない

今回の法律について、成立した時点で「表現の自由を侵害する違憲な法律」と断定することはできません。

法律には表現の自由に配慮する規定があり、対象も国旗として用いられる有体物を、公然と特定の方法で損壊する行為に限定されています。

一方で、処罰基準に「不快」「嫌悪」という主観的な感情を示す言葉が用いられていることや、政治的表現が適用対象から除外されていないことは、実際の懸念材料です。

したがって、表現の自由を侵害する恐れが全くないとも言えません。法律の評価は、今後の捜査、起訴、裁判、運用指針を見ながら判断する必要があります。

国旗を守ることと自由を守ること

国旗は日本という国家を象徴するものであり、大切に扱うべきだと考える国民は少なくありません。

同時に、国や政府に対する批判的な意見を表明する自由も、民主主義社会を支える重要な権利です。国旗への敬意と表現の自由は、どちらか一方だけを守ればよい問題ではありません。

日本国旗損壊罪法が適切な制度となるかどうかは、条文だけでは決まりません。警察や検察がどのように運用し、裁判所がどのような基準を示すかによって、その性格は大きく変わります。

国旗を大切に思う国民感情を守りながら、政治的・芸術的表現を過度に萎縮させない運用ができるのか。法律の成立は議論の終わりではなく、その検証の始まりといえるでしょう。