スマートフォンで海外の動画を見たり、クラウドに資料を保存したりするとき、その通信は何によって海を渡っているのでしょうか。国際通信を支える海底ケーブルは、民間事業者の保守と政府の制度・安全対策が連携して守る生命線です。切断を完全に防ぐことはできない現実を踏まえ、誰が管理し、何が脅威となり、切れた後にどう通信を維持するのかを解説します。
海底ケーブルがインターネットの生命線である理由
海底通信ケーブルは、海を隔てた国や地域のネットワークを光ファイバーで結び、国際的なデータ通信を支える基幹設備です。
インターネットは無線で世界につながっているように見えますが、無線なのはスマートフォンと基地局の間など、経路の一部です。その先では陸上の通信網や、海を横断するケーブルが情報を運んでいます。
国際電気通信連合(ITU)が2025年2月に公表した説明では、国際データ通信の99%超を海底通信ケーブルが担っています。これは世界のインターネット利用すべての割合ではなく、国境を越えるデータ通信についての説明です。
「クラウド」にも物理的な道がある
クラウドは、ネットワークを通じて離れた場所のサーバーを利用する仕組みです。サービスの画面が日本語でも、処理や保存の一部が海外で行われれば、その間を結ぶ通信経路が必要になります。
海外の動画配信、企業の業務システム、国際的な金融取引も、この物理的なつながりに支えられています。ただし、国内で完結する通信や、国内に保存された配信データまで、常に海底ケーブルを通るわけではありません。
海底ケーブルが傷つけば、影響は海外との通話だけにとどまりません。どの経路が失われ、別の経路へどれだけ通信を移せるかによって、サービスの遅延や接続の不安定さとして現れる可能性があります。
海底ケーブルは誰が管理し、誰が守るのか?
海底ケーブルの運用・保守は主に民間事業者が担い、政府は制度整備や通信網の強化などを通じてその保護を支えます。
国際海底ケーブルには、通信事業者などが共同で建設・運営するものがあります。国境を越える設備であるため、出資者、陸揚げ先の事業者、保守を担当する会社が、契約に基づいて役割を分担します。
KDDIが2026年に公開した技術解説では、共同建設する事業者が建設保守協定を結び、費用や運営の仕組みなどを定める過程が紹介されています。海底ケーブルは、敷設して終わりではなく、運用開始後も調整が続く設備です。
「守る」という言葉には、異なる仕事が含まれます。役割を整理すると、単独の組織にすべてを任せられない理由が見えてきます。
- ケーブルの所有・運用事業者: 設備の管理、障害の検知、迂回や修理の手配
- ケーブル船の運航会社: 海上での点検、損傷箇所の回収・修理
- 政府・関係当局: 制度整備、関係機関の連携、通信網の強化や安全確保
- 船舶・漁業などの海域利用者: ケーブルの位置を把握し、損傷を避ける操業
民間が設備を持っていても、海域の利用調整や国家間の協力まで一社で解決することはできません。一方、政府が保護方針を掲げても、実際に接続し直す船や技術者がいなければ復旧は進みません。
ここに、海底ケーブルを守る難しさがあります。責任者を一人探すよりも、異常を誰が受け取り、誰が判断し、誰が船を動かすのかという連携の道筋を明確にすることが重要です。
海底ケーブルはなぜ傷つくのか?
海底ケーブルの脅威は意図的な破壊だけではなく、船の錨や漁具との接触、地震に伴う海底の変動などにもあります。
海底ケーブルの切断と聞くと、軍事的な攻撃や破壊工作を想像しがちです。しかし、日常的な海上活動による損傷への対策も、通信を守るうえで欠かせません。
国際ケーブル保護委員会(ICPC)が2025年6月に公表した見解では、世界の海底通信ケーブルの損傷の70%超が漁業活動や投錨によるものとされています。この世界全体の傾向を、日本周辺の原因割合としてそのまま扱うことはできません。
浅い海には人間の活動が重なる
沿岸部では、船の航行、停泊、漁業、海底工事などの活動が重なります。海底に触れる漁具や、引きずられた錨がケーブルに接触すれば、外側の保護を損ない、通信障害につながることがあります。
対策として、海底の地質や利用状況に応じてケーブルを埋設し、外装を補強します。ただし、すべての場所を同じ方法で保護できるわけではなく、地形や施工条件に合わせた設計が必要です。
ケーブルの位置を知らせることにも意味があります。ICPCは同じ見解で、海図から位置を消すと船舶や漁業者が避けるための情報を失うとして、正確な海図への記載を重視しています。
切断と破壊工作は同じではない
意図的な妨害への備えは必要ですが、ケーブルが切れたという事実だけでは、事故か攻撃かを判断できません。船の動きや損傷の状況などを調べ、確認できた事実と疑いを分けて扱う必要があります。
原因の捜査と、通信の復旧も別の仕事です。誰が切ったのかを明らかにする作業を進めながら、利用者への影響を抑える迂回や修理を急ぐことが求められます。
切れた海底ケーブルはどう修理するのか?
海底ケーブルの修理は、専用船が損傷した部分を回収し、予備のケーブルを接続して通信機能を確かめる海上作業です。
切断されたケーブルは、陸上から操作するだけでは元に戻りません。修理船を現場へ向かわせ、海底にある設備を扱うため、船の手配や移動、海況によって作業の進み方が左右されます。
KDDIケーブルシップの技術紹介では、陸揚げ局からの測定で障害位置を推定し、海上からケーブルを回収する手順が示されています。作業方法は水深や海底の状況によって異なりますが、基本的な流れは次のとおりです。
- 測定や探査によって、障害箇所を絞り込む
- ケーブルを船上に引き揚げ、損傷部分を取り除く
- 予備のケーブルを接続し、通信機能を試験する
- ケーブルを海底に戻し、必要に応じて埋設する
船上では光ファイバーの接続など、精密な作業が行われます。海底に埋まった部分を扱う難しさもあり、陸上の配線交換と同じ感覚では復旧できません。
東日本大震災が示した復旧の現実
KDDIが2026年に公開した東日本大震災の回顧記事では、海底の土砂崩れでケーブルが埋没し、回収に時間がかかった現場が紹介されています。修理の優先順位を決め、他のケーブル所有者や外国の修理船運航者と調整する仕事も必要でした。
この事例が示すのは、復旧が技術だけで完結しないということです。複数の場所が同時に傷つく状況では、船、技術者、予備部材、関係者の合意をそろえて初めて作業を進められます。
だからこそ、平時からの保守契約や修理体制が意味を持ちます。障害が起きてから協力相手を探すのではなく、出動や調整の仕組みを先に整えておくことが、生命線を守る土台になります。
切断を防ぐだけでは通信を守れない理由
通信を守るには、損傷を減らす対策に加え、別経路への迂回と、速やかに修理できる体制を組み合わせる必要があります。
広い海に敷かれたケーブル全体を、常に見張り続けることは容易ではありません。事故や災害を完全にはなくせない以上、一本が使えなくなっても通信を続けられる設計が欠かせません。
この備えを「冗長性」と呼びます。通信の経路や設備に代替手段を用意し、一部が故障しても機能を維持できるようにする考え方です。
ただし、本数を増やすだけでは十分ではありません。複数のケーブルが同じ海域や陸揚げ地点に集中すれば、一度の災害でまとめて影響を受ける可能性があるためです。
対策を評価するときは、設備の数だけでなく、次の点を見る必要があります。通信を別の道へ逃がせるか、元の道を直せるかの両方が問われます。
- 海底のルートと陸揚げ地点が、地理的に分散しているか
- 迂回先の回線に、通信を受け入れる余裕があるか
- 修理船、技術者、予備部材を確保できるか
- 障害時の連絡や作業の手続きを、事前に整えているか
欧州委員会などが2025年2月に採択したケーブル安全保障の行動計画も、予防、検知、対応・復旧、抑止を一体で扱っています。警戒を強めることと、壊れた後の影響を抑えることは、どちらも保護の一部です。
利用者が通信を続けられていても、損傷したケーブルの修理が終わったとは限りません。迂回によってサービスを維持する段階と、設備を直して余力を取り戻す段階を分けて考えることが大切です。
日本に必要なのはどのような備えなのか?
日本に必要なのは、海底ルートと陸揚げ拠点の分散を進め、海上の復旧体制と陸上の通信網を一緒に強くする備えです。
海に囲まれた日本にとって、海外との接続を安定して維持することは、企業活動や暮らしの基盤に関わります。保護対象を海の中だけに限定せず、陸上のネットワークへつながる部分まで見渡す必要があります。
陸揚げ局は、海底ケーブルを陸上の通信網へ接続する拠点です。海底のケーブルが無事でも、この拠点の電源や、その先の陸上回線に問題が起これば、通信を維持できない可能性があります。
2025年2月27日の衆議院予算委員会第二分科会で、総務省は日本海側の海底ケーブルや国際海底ケーブルの分岐支線、陸揚げ局の地方分散を支援する方針を説明しました。通信事業者との連絡体制や、事業者同士の連携も対策として挙げています。
この方向性は、危険な箇所だけを厳重に守る発想から、通信網全体で障害を受け止める発想への広がりと捉えられます。分散した経路が実際に使える状態にあるかを確かめてこそ、整備が安心につながります。
企業の側にも、確認できることがあります。回線を複数契約している場合は、物理的な経路まで分かれているのか、海外サービスに接続しにくくなった際に業務をどう続けるのかを、提供事業者と確認することが有効です。
家庭で海底ケーブルを直接守ることはできません。それでも、目の前の接続障害には端末やWi-Fi以外の原因もあり、海の向こうの設備や復旧作業が関わり得ると知っておくことは、状況を理解する助けになります。
まとめ
海底ケーブルを守る本質は、官民の役割をつなぎ、損傷を防ぐ力と通信を続けて復旧する力を同時に育てることです。
海底ケーブルは、民間事業者の運用・保守、修理船の現場作業、政府の制度や支援、海域を利用する人々の協力によって支えられています。どれか一つを強めるだけでは、事故や災害への十分な備えにはなりません。
考えるべきなのは、一本も切らせないという目標だけではありません。切れても情報が届き、修理を進められ、次の障害に備える余力を取り戻せるかという視点が必要です。
便利なインターネットの背後には、海底を走るケーブルと、それをつなぎ直す人の仕事があります。海底ケーブルを誰が守るのかという問いは、社会の見えない基盤をどう支え続けるかという問いでもあるのです。
