はじめに:密やかに始まった「石破包囲網」

2025年7月、自民党内で「石破下ろし」が本格化しつつある──。選挙直後の高揚感も冷めやらぬ中、与党第一党としての立場を維持した自民党は、内部に深刻な亀裂を抱えている。参院選の結果、与党は過半数割れに直面し、国民民主党や参政党の躍進が「保守再編」の機運を加速させた。そして矛先は、総理・総裁である石破茂氏に向けられている。

これまで「党内野党」の象徴として支持を集めてきた石破氏だが、皮肉にも総理となったいま、そのスタンスが孤立を招いている。安倍派・麻生派をはじめとする主流派は、水面下で「ポスト石破」の調整を始めたとの観測が強まり、政界では「石破包囲網」「石破おろし」の文字が躍る。

果たして、なぜ石破政権はここまで急速に求心力を失い、党内からの突き上げを受けているのか。その背景には、派閥力学・政策路線・外交姿勢・選挙結果といった複雑な要素が絡み合っている。

石破茂という政治家の宿命

石破茂氏は、防衛庁長官、防衛大臣、農林水産大臣などを歴任し、政策通として定評のある実務家である。派閥にも属さず、テレビ番組などでも歯に衣着せぬ発言で国民の支持を集めてきた。その姿勢は保守層からも評価され、「自民党の良心」とも称されていた時期もある。

しかし、党内においてはその姿勢が「異分子」として映ることも多かった。特に安倍晋三元首相との対立は象徴的で、安倍政権時代には「反主流」の旗頭とされ、総裁選では何度も挑戦しながら敗れ続けた。2024年秋、岸田文雄氏の退陣後に混乱の中から誕生した石破政権は、「挙党一致」ではなく「反主流の妥協の産物」としての色合いが強かった。

参院選の“敗北”が引き金に

石破内閣は、就任当初から不安定さをはらんでいた。経済政策では財政規律重視、外交では日中関係改善を目指す穏健路線を掲げたが、支持率は高止まりせず、特に保守層からの期待を裏切る形となった。さらに、アメリカとの関税交渉の難航や、トランプ政権との距離感も問題視された。

そして決定的だったのが、2025年7月の参院選である。自民党は第一党の座を維持したものの、議席を大幅に減らし、改選前勢力から20議席以上を失った。これにより与党は過半数割れとなり、連立与党の公明党も勢力を維持できなかった。代わって台頭したのが、国民民主党と参政党である。

とりわけ、参政党は保守票を浸食し、地方選挙でも自民系候補を押しのける勢いを見せた。石破氏の「融和型保守」では対抗できないという声が、自民党内の右派を中心に広がった。

「石破おろし」は誰が主導しているのか

では、具体的に「石破おろし」を主導しているのは誰なのか。

まず筆頭に挙げられるのが、麻生派の有力者たちである。麻生太郎元副総理は現在も党内影響力を保ち、外交・防衛政策において石破氏と異なるビジョンを持っている。加えて、安倍派の残存勢力や清和政策研究会系の中堅・若手議員も、「石破では選挙に勝てない」との危機感を共有している。

背景には、次の衆院選をにらんだ「顔のすげ替え」論がある。世論調査では、石破内閣に対する評価は芳しくなく、経済・外交におけるリーダーシップを欠くとの批判が強まっている。こうした中で、早期に「ポスト石破」体制を築くことで党勢回復を図ろうとする動きが活発化している。

すでに一部の議員グループは、「石破内閣は臨時国会まで持たない」との見通しを示し、対抗馬として河野太郎氏や高市早苗氏の擁立を視野に入れているという報道もある。

石破氏の“弱点”と政権運営の限界

石破氏の最大の弱点は、「党内基盤の弱さ」である。無派閥を貫いてきたことは国民からの評価に繋がった一方で、党内政局では致命的とも言える。安倍・岸田・麻生と続いた主流派政権とは異なり、石破政権は「支持されていないことを前提に運営する」極めて不安定な構造を持っていた。

また、石破氏自身が政策通であるがゆえに、全体調整力や危機対応において柔軟さを欠く一面もある。特に、外交における「バランス主義」は、米国のトランプ政権や中国との駆け引きにおいて曖昧なメッセージを発信しがちであり、国際的な信用を損ねるとの懸念も党内外に根強い。

さらに、「石破政権が掲げる改革路線」が、官僚機構や経団連との軋轢を生む構図も生まれていた。結果的に、政策実現力の低下が政権全体の求心力低下に繋がった。

ポスト石破、次の主役は誰か

「石破おろし」が現実味を帯びてくる中で、次に問われるのは「誰が後継か」という点である。現時点で名前が挙がっているのは以下の通りだ。

  • 河野太郎:改革派として国民人気が高く、デジタルやエネルギー政策に強み。石破路線の一部継承者とも見られているが、党内支持は不安定。
  • 高市早苗:保守層から圧倒的な支持を受けており、参政党との連携も模索可能な存在。外交・防衛でも明確なビジョンを持つ。
  • 茂木敏充:党務・政策に精通した実務型。麻生派との連携を軸にした「調整型内閣」の可能性あり。
  • 小泉進次郎:若手の象徴として待望論は根強いが、実績と党内支持が課題。

この中で最も現実味があるのは、高市氏を中核に据えた「保守大連立」のシナリオである。自民党右派・参政党・一部無所属保守を糾合し、保守政治の再定義を目指す動きは、すでに始まっている。

石破政権の終わりと保守政治の分岐点

「石破おろし」は、単なる個人攻撃ではない。そこには、日本の保守政治が「融和と改革」か「強硬と再編」かという、深い選択を迫られている構造がある。

もし石破政権がこのまま瓦解すれば、自民党は保守再編の渦に巻き込まれ、次期衆院選では分裂含みの事態となる可能性すらある。一方で、石破氏が生き残れば、「非主流の保守」が日本の政治を変える一石となるかもしれない。

いずれにせよ、この夏の政局は「石破下ろし」だけでなく、日本政治の根本構造を揺るがす転機となることは間違いない。