命を守るはずの「空調服」が凶器になるとき
炎天下の屋外作業や工事現場、農作業の現場で、ここ数年すっかり定着したのが「空調服」だ。ジャケットや作業服に小型ファンが内蔵され、外気を取り込み体表面の汗を気化させて涼しさを保つ──本来は熱中症予防のための画期的な製品である。
しかし、2025年6月、NHKは衝撃的な報道を行った。リチウムイオン電池を使用する機器の発火事故が夏に多発し、その中にはモバイルバッテリーを接続して使用する空調服による火災が含まれていた。中には住宅全焼や死亡事故に至った事例もあるという。
命を守るために着るはずの空調服が、一歩間違えば命を奪う危険な存在になりうる──私たちはこの新しいリスクを直視しなければならない。
発火事故の現状:数字が示す危険性
消費者庁と経済産業省によれば、2024年度に報告されたリチウムイオン電池の発火事故は492件。このうち約85%は火災に発展しており、特に夏季に集中している。
空調服やその電源として使われるモバイルバッテリーは、作業現場で長時間使用されるため、過熱や物理的損傷のリスクが高まる。2025年6月の報道では、以下の事例が明らかになっている。
- 空調服のモバイルバッテリーが炎上し、着用者の衣服に燃え移り火傷
- 倉庫作業中にバッテリーが発火し、周辺の可燃物に引火
- 農作業中の発火が住宅に延焼し、全焼・1名死亡
こうした事故は単なる製品不良だけでなく、使用環境・充電方法・互換バッテリーの選択など複合的な要因で発生している。
なぜ空調服で発火が起きるのか
1. リチウムイオン電池の構造的リスク
リチウムイオン電池は高いエネルギー密度を持つ反面、過充電や過放電、外部からの衝撃に弱い。内部で短絡(ショート)が起きると、瞬間的に発熱・発火する恐れがある。
2. 高温環境での使用
真夏の屋外作業では、空調服本体やバッテリーが炎天下で直射日光を浴びる。表面温度が50℃を超える状況では、バッテリー内部の化学反応が加速し、劣化や異常発熱につながる。
3. 互換品・低品質バッテリー
純正バッテリーより安価な互換製品や、正規検査を経ていないモバイルバッテリーを使うケースも多い。こうした製品は保護回路や温度センサーが不十分な場合があり、異常時に安全停止しない危険性がある。
4. 長時間・高負荷運転
空調服はファンを常時回転させるため、バッテリーには長時間にわたる高負荷がかかる。これが発熱の蓄積を招き、内部劣化を早める。
安全に使うためのポイント
純正バッテリーの使用
メーカーが推奨する純正バッテリーは、機器との相性や安全回路が保証されている。価格は互換品より高いが、安全面でのメリットは大きい。
高温環境での直射日光回避
作業の合間には日陰に移動し、空調服やバッテリーを直射日光から守る。休憩時にファンを停止し、バッテリー温度を下げることも重要だ。
損傷・膨張バッテリーは即交換
バッテリーが膨らんでいる、異臭がする、発熱が異常に高い──こうした兆候があれば直ちに使用を中止し交換する。
充電中の放置禁止
帰宅後に充電器に差しっぱなしにするのは危険。過充電を避け、就寝前に充電を終えるよう心がける。
法規制とメーカーの対応
リチウムイオン電池の安全規格としては「PSEマーク」(電気用品安全法)や「国連勧告輸送試験(UN38.3)」がある。しかし、現行制度では互換バッテリーや並行輸入品に対する監視が十分とは言えない。
一部メーカーは、空調服専用のバッテリーパックに過熱防止センサーや異常時の自動停止機能を搭載している。また、ケーブル抜け防止や防水設計など、現場環境を考慮した改良も進んでいる。
消費者側も、こうした安全機能の有無を購入時に確認する意識が必要だ。
現場の声:安全と効率のジレンマ
建設現場の監督や農家からは、こんな声が聞かれる。
「空調服がなければ作業員は熱中症で倒れてしまう。しかし、バッテリー火災のリスクを考えると、使わないわけにもいかず悩ましい」(建設会社現場監督)
「農繁期は日中10時間近く着っぱなし。バッテリーを頻繁に交換すると作業効率が落ちる。安全と効率のバランスが難しい」(農業従事者)
このように、現場では「猛暑対策」と「火災リスク回避」がせめぎ合っている。
海外事例と比較
海外でもリチウムイオン電池の火災は問題化している。特にアメリカやオーストラリアでは、電動工具や電動自転車のバッテリー火災が相次ぎ、規制やリコールが強化されている。
興味深いのは、欧州では高温環境での使用制限を明示する製品表示が義務化されつつある点だ。空調服のような「高温環境での連続稼働機器」は、使用条件の厳格化が求められる可能性が高い。
今後の課題
- 安全規格の統一と義務化
互換品も含めた安全認証制度の整備が不可欠。 - 現場教育の徹底
作業員への安全使用マニュアルの周知と訓練が必要。 - 技術革新
発熱しにくい固体電池の実用化や、低消費電力ファンの開発。
意識が事故を防ぐ
空調服とモバイルバッテリーの組み合わせは、猛暑の作業現場で欠かせない存在になった。しかし、その利便性の裏に潜むリスクを正しく理解し、使い方を見直すことが、命を守る第一歩である。
炎天下の作業では「涼しさ」と「安全性」を両立させる意識が求められている。事故は製品だけでなく、人の意識でも防げるのだ。