非正規雇用は「不幸」の象徴なのか?

日本では長らく「正社員=安定、非正規=不安定」という価値観が根強く存在しています。厚生労働省の統計によれば、非正規雇用者は全労働者の約4割に達しており、その多くは賃金水準が低く、昇進や福利厚生の機会も限られています。
しかし近年、「非正規でも幸せに生きられるのではないか」という意見が少しずつ聞かれるようになりました。経済的には不利でも、働き方の自由度や心理的な余白が幸福感につながるという考え方です。果たしてそれは現実的な選択肢なのでしょうか。

なぜ人は非正規を選ぶのか?

一見すると「仕方なく非正規」という人が多いように思えますが、実際には自らの意思で非正規を選ぶ人も存在します。理由は大きく3つに分けられます。

  1. 時間の柔軟性を重視
    子育てや介護を担う人にとって、正社員の長時間労働は現実的ではありません。非正規は勤務時間を調整しやすく、生活と両立しやすいメリットがあります。
  2. 責任の軽さを選ぶ
    管理職を目指すことよりも、自分の生活のペースを守りたい人にとっては、正社員のプレッシャーは過大です。非正規は「責任が軽く、生活にゆとりが持てる」という声も少なくありません。
  3. 複数の仕事を掛け持ちしたい
    フリーランスや副業と組み合わせることで、多様な収入源を確保する人もいます。「会社に依存しない働き方」として、あえて非正規を選ぶケースです。

一次情報から見る「非正規の声」

筆者が2024年にインタビューした30代女性は、アルバイトと在宅ワークを組み合わせて生活しています。彼女はこう語ります。
「正社員だった頃は残業が多く、心身をすり減らしていました。今は収入は減りましたが、子どもと過ごす時間が増え、ストレスが減ったことで幸福感はむしろ高まっています」
一方、40代男性の非正規労働者は「結婚や住宅ローンを考えると、不安が大きい」と答えました。ここに見えるのは、非正規雇用が「誰にとっても不幸」でも「誰にとっても自由」でもないという現実です。

働き方の二極化はどこまで進んでいるのか?

近年の労働市場は、明らかに「二極化」が進んでいます。

  • 一方には、大企業で高収入・厚待遇を得る正社員層。
  • 他方には、低賃金で不安定な非正規雇用層。

この中間層が縮小し、格差が拡大しているのが現実です。国税庁の調査でも、年収400万円未満の労働者が過半数を占める一方で、1000万円以上の高収入層も一定割合存在します。つまり、日本社会は「安定か、不安定か」という二者択一の色合いを強めているのです。

“非正規でも幸せ”は現実的に可能か?

ここで重要なのは「幸せの基準が人によって違う」という事実です。収入の多寡だけでなく、

  • 自分の時間を持てるか
  • 家族との関係を大切にできるか
  • 精神的な安心を感じられるか

といった要素が幸福感を大きく左右します。正社員で高収入でも、過労や人間関係のストレスに苦しむ人は少なくありません。逆に、収入が低くても人間関係に恵まれ、趣味や生活を楽しめる人は「幸せ」と感じます。

つまり、“非正規でも幸せ”は十分にあり得る。ただし、それは「生活の設計」と「価値観の整理」が前提になると言えるでしょう。

独自分析:非正規を肯定する社会への条件

筆者の視点からは、非正規を一つの「幸せな選択肢」とするには3つの条件が必要だと考えます。

  1. 最低限の生活保障の充実
    ベーシックインカムや生活保護制度の拡充により、「働き方にかかわらず生きられる安心感」が不可欠です。
  2. 社会的評価の見直し
    日本社会では「正社員でなければ一人前ではない」という価値観が残っています。この偏見がなくならない限り、非正規は常に「負け組」と見なされてしまいます。
  3. 多様なキャリアモデルの提示
    学校教育やメディアが「正社員モデル」だけを成功像として提示している現状を変える必要があります。非正規やフリーランスを前向きに選ぶ生き方が可視化されれば、若者も選択しやすくなります。

働き方の二極化を超えて

“非正規でも幸せ”という選択肢は、確かに存在します。しかしそれは、社会制度・文化・個人の価値観の三位一体で支えられなければ成り立ちません。
日本社会が「正規か非正規か」という単純な二分法から解放されるとき、はじめて人々は自由に働き方を選び、幸福を追求できるのではないでしょうか。