なぜ日本は防災インフラを強化し続けなければならないのか?

日本は世界でも有数の「災害列島」と呼ばれる国です。地震の発生頻度は世界全体の約2割を占め、火山活動や台風、豪雨、津波といった自然災害が毎年のように発生しています。内閣府の防災白書によれば、近年の自然災害による経済損失額は年間で数兆円規模に達することもあり、社会全体の安全や経済活動に深刻な影響を与えています。
では、果たして日本の防災インフラは十分に整備されているのでしょうか。

地震対策インフラは万全なのか?

日本における地震対策は、耐震基準の改定と防潮堤・堤防の整備が中心です。1981年に耐震基準が改正され、2000年にはさらに強化されました。国土交通省の調査によると、住宅の耐震化率は2022年時点で約90%に達しているとされます。しかし裏を返せば、約10%の住宅は依然として大地震で倒壊するリスクが残されているのです。

また、東日本大震災以降、津波対策として巨大防潮堤が三陸沿岸を中心に建設されました。高さ10メートルを超える堤防は住民の安心感を一定程度高めましたが、一方で「景観の破壊」「避難意識の低下」といった副作用も指摘されています。専門家の間では「堤防依存ではなく、多層的な防災インフラと住民の避難訓練が不可欠」との声が強いのです。

豪雨災害に対する治水インフラは追いついているのか?

気候変動の影響により、近年は「数十年に一度」とされる豪雨が毎年のように発生しています。国土交通省のデータによれば、河川氾濫や土砂災害による被害件数は2010年代後半から増加傾向にあります。
ダムや堤防、放水路といった治水インフラは整備が進められていますが、雨量の増加速度に対して整備のスピードが追いついていないのが現実です。実際に2020年の熊本豪雨では、整備途上の球磨川流域で大規模な浸水被害が発生し、多くの人命が失われました。

また都市部では、地下街の浸水リスクが高まっています。東京都は巨大な地下放水路を整備し、一定の効果を上げていますが、全国的に同様の対策が施されているわけではありません。都市インフラの脆弱性は今後の大きな課題です。

火山噴火への備えは十分か?

日本には活火山が111あり、そのうち約50が「常時監視火山」に指定されています。阿蘇山、桜島、富士山といった巨大火山の噴火は、日本全体に甚大な影響を及ぼす可能性があります。火山観測網や避難計画は整備されつつありますが、大規模噴火シナリオに基づく都市機能や物流への備えはまだ限定的です。
例えば富士山噴火の場合、東京都心に火山灰が降り積もれば電車や飛行機は麻痺し、経済活動は数週間単位で停止すると予測されています。こうした「複合災害」に備えたインフラ強化は、今も十分とはいえません。

老朽化するインフラは安全なのか?

防災インフラそのものが老朽化している現実も見逃せません。高度経済成長期に整備された道路、橋梁、トンネル、堤防の多くが耐用年数を迎えています。国土交通省は「インフラ老朽化対策行動計画」を策定していますが、更新や補修には膨大な費用がかかり、優先順位を巡って議論が続いています。
新たな災害に備える前に、既存のインフラを維持できるのかという根本的な問いが突きつけられているのです。

デジタル防災インフラは十分か?

近年注目されるのが、防災インフラのデジタル化です。緊急地震速報やJアラート、SNSを活用した情報共有は一定の役割を果たしています。しかし、2018年の北海道胆振東部地震では大規模停電により情報伝達が滞り、被災者が孤立する事態も生じました。
AIやビッグデータを活用した災害予測技術が進んでいる一方で、停電や通信途絶時に機能するローカルな情報網の整備が不十分です。デジタル化とアナログの両立が今後の課題といえるでしょう。

防災インフラの費用対効果はどう考えるべきか?

防災インフラは巨額の費用を要します。たとえば三陸沿岸の防潮堤整備には1兆円以上が投じられました。その一方で、避難体制の強化や教育に投資したほうが効果的だという指摘もあります。
「ハード」と「ソフト」のバランスをどう取るかが、今後の防災政策の最大の焦点です。施設を作るだけでは住民の命は守れず、避難行動や地域コミュニティの機能強化が欠かせません。

防災インフラの「十分さ」とは何か?

「防災インフラは十分か」という問いに対する答えは、残念ながら「まだ不十分」と言わざるを得ません。地震、豪雨、火山、老朽化、そしてデジタル化の課題──すべてに共通するのは、過去の想定を超える災害が頻発している現実に、既存の対策が追いついていないことです。

必要なのは、施設整備という「ハード」のみならず、情報共有・避難訓練・地域ネットワークといった「ソフト」の強化です。防災インフラの十分さは「建物の高さ」や「堤防の厚さ」で測るものではなく、住民一人ひとりの命を守れるかどうかで判断されるべきでしょう。