なぜ今、「車を持たない」という問いが重要なのか
日本では長らく、車を所有することが生活基盤の一部と考えられてきた。だが近年、都市部では「車を持たない選択」が現実的な判断として受け入れられつつある。背景には、
- 物価高
- 都市集中
- カーシェアの普及
- 若年層の車離れ
が重なり、移動コストをどう最適化するかという新しい生活戦略が浮上しているためだ。
とはいえ、地方では依然として車が不可欠な地域も多い。
では 「車を持たない選択」 は、本当に合理的なのか。
その答えは 住む場所によって劇的に変わる。
本稿では、総務省や国土交通省の一次データ、そして筆者による独自の「年間移動コスト試算」を用い、都市と地方の生活コストを具体的に比較する。
車を所有するコストは年間いくらか?──一次データから算出する「国民平均」
車の維持費は“感覚”で語られることが多いが、まずは事実を確認したい。
●自家用車の国民平均コスト(総務省 家計調査より)
総務省「家計調査(2023年)」から、自動車関連支出を抽出すると、
年間平均:約52万~63万円
に収まる層がもっとも多い。
内訳の国民平均は以下の通り(小型車ベース):
- 自動車税:3~5万円
- 任意保険:5~10万円
- 車検・メンテ:8~12万円
- 駐車場(全国平均):8~10万円
- ガソリン代:12~18万円
- 減価償却(車両購入費の年割):15~25万円
結果、所有するだけで毎月4〜5万円が自動的に消える。
都市部では駐車場代がさらに跳ね上がる。
●都市部(特に東京23区)の場合
駐車場の中央値:月3万5千円(国交省「駐車場実態調査」)
これを加味すると、年間コストは70万〜90万円台まで上昇する。
車を持たないと生活はどう変わるのか?──都市部は「代替手段」が極めて豊富
都市部で「車を持たないメリット」が語られるのは、単純にコストが浮くからではない。重要なのは
車を代替する手段が、既に都市インフラとして完成している
点にある。
●都市の交通インフラ(一次データ)
- 東京23区の駅数:約780駅(山手線内外含む)
- 鉄道利用率:全国平均の2.7倍
- バス本数は地方の平均4〜6倍
- カーシェアステーション数:全国の約45%が東京に集中(自工会調査)
つまり東京では、
「所有」ではなく「利用」だけで生活が成立する
という点が決定的に大きい。
●都市部で車を持たない場合の年間移動コスト
筆者の独自試算(東京都在住・月20回移動):
- 電車:月5,000〜8,000円
- バス:月2,000〜3,000円
- タクシー・Uber:月3,000〜5,000円
- カーシェア:月3,000〜10,000円
→ 合計:年間13万〜26万円程度
都市部では、車を所有した場合と比較し
年間40万〜60万円の節約効果
が現れる。
地方では車がないと生活できるのか?──「代替不可」の実態
一方、地方に目を向けると事情は一変する。
●公共交通の実態(一次データ)
国土交通省の統計によれば:
- 地方バスの本数:都市部の1/10以下
- 鉄道駅までの距離:平均2〜4km
- 鉄道の1時間あたり本数:平均1〜2本
- カーシェアの普及率:都市比で1/6以下
特に東京圏から離れた地方都市では、公共交通が“存在しても使えない”という問題がある。
●地方の車所有率は圧倒的
自工会調査によれば、
地方県の車保有台数は「1世帯あたり1.6台」。
夫婦が別々に通勤するため、2台持ちが一般的な地域もある。
●車を使わない生活モデルは存在しない
地方在住者の生活行動を分析すると(国交省「全国移動実態調査」):
- 買い物:車依存率90%
- 通院:車依存率88%
- 子供の送り迎え:車依存率70%
地方では、
車=移動インフラそのもの
であり、自転車・公共交通では補完できない。
都市と地方で「車所有コスト」はどれだけ差がつくのか?──独自の年間試算
ここでは、都市と地方の生活モデルを独自試算で比較する。
■【都市部:東京在住(車なし)】
- 公共交通+カーシェア:年間18万円
- 駐車場:0円
- 車検:0円
- 保険:0円
▶ 年間:18万円
■【都市部:東京在住(車あり)】
- 駐車場:年間42万円(3.5万円×12)
- 維持費:年間30万円
- ガソリン:年間15万円
▶ 年間:87万円
■【地方都市:車1台保有】
- 駐車場:0〜1万円
- 維持費:年間30万円
- ガソリン:年間18万円
▶ 年間:48万円
■【地方都市:車2台保有】
- 維持費:年間60万円
- ガソリン:年間36万円
- 保険:年間10〜15万円
▶ 年間:106〜111万円
【結論(比較)】
| 居住地 | 車なし | 車1台 | 車2台 | 差額 |
|---|---|---|---|---|
| 東京 | 18万円 | 87万円 | ― | 約69万円差 |
| 地方 | ― | 48万円 | 106万円 | 約58万円差(2台時) |
都市は「車なし」メリットが極大化し、地方は「車なし」がほぼ不可能。
車は「必要」なのか、「贅沢」なのか?──立地条件で意味が変わる
本稿の最大のポイントは次の通りだ。
- 都市:車は“贅沢品”になりつつある
- 地方:車は“生活必需品”として不可欠
つまり
同じ「車」という商品でも、場所によって意味が真逆になる。
自動車メーカーの未来はどうなるか?──独自視点:都市部市場の縮小と「利用モデル」の拡大
自工会の最新調査では、
- 若年層の車保有率は過去最低
- 都市部の軽自動車比率は横ばい
- カーシェア利用者は過去5年で2.4倍
メーカー側も以下の戦略を取り始めている:
- サブスクモデル(トヨタ「KINTO」)
- 個人向けリースの低価格化
- 都市型カーシェアとの連携
これはつまり、
“所有しない”ユーザーを取り込む動き
であり、自動車産業が「所有から利用」へシフトしているという証拠でもある。
車を持たない選択は合理的か?
本稿の結論を一言でまとめる。
●都市部
車を持たないほうが合理的。
年間40万〜70万円が浮き、生活機能は失われない。
●地方
車は必須。
生活インフラとして不可欠で、代替手段は存在しない。
●最終的な判断基準
- 「どれだけ公共交通で生活が成立するか」
- 「駐車場価格と維持費を許容できるか」
- 「車を使う頻度」
この3点で、自分にとって最適な移動戦略が決まる。
車は単なる移動手段ではなく、
生活そのものを規定する“固定費”である。
その選択は、住む場所とライフスタイルによって正解が変わる。
