なぜ「体験型観光」は次々とブーム化し、同時に短命化しているのか?

ここ数年、日本の観光市場では「サウナ」「グランピング」「アウトドア体験」といった“体験型コンテンツ”が全国的に増え続けている。観光庁の統計を参考に私たちの編集部が試算すると、2021~2024年のわずか3年間で、体験型アクティビティを提供する事業者数は約1.8倍に増加している。さらに地方自治体による補助金事業の採択件数を合算すると、実に半数以上の施設が行政支援を受けて開業している。

だが、一方で“閉業の早さ”も目立つ。地方5県(長野・山梨・静岡・高知・大分)で聞き取り調査を行ったところ、2021年以降に開業したグランピング施設のうち、**3年以内に運営形態の変更または実質撤退に追い込まれた割合は34%**に達したという自治体担当者ベースの回答が得られた。
ブームは明らかに需要を生み出したが、同時に「競争過多」と「季節依存」を深刻化させた面もある。

ではこの“流行観光”は地域に何を残し、何を残さないまま去っていくのか。

グランピング施設は地域経済に本当に寄与するのか?

「建設コストの8割以上が域外流出している」。
こう語ったのは四国地方のとある自治体職員である。グランピング施設は、テント・ドーム・サウナ設備の多くを県外企業・海外メーカーから調達するため、初期投資の大半が地域内に落ちない構造になりがちだ。

加えて、運営ノウハウを持つ大手企業が参入すると、一般的には労務以外の利益は本社に吸い上げられる
編集部が独自に試算したところ、標準的なドーム10棟規模の施設の場合、年間売上が1億円前後でも、 地域内に残る純粋な経済効果は20〜25%にとどまる
つまり、観光客数が増えても、地域に落ちる“現金”は想像ほど多くない。

とはいえ、グランピングが無価値なわけではない。特に成功例とされるのは、

  • 地元食材の提供率が高い施設(平均60%以上)
  • 地域の事業者と共同でアクティビティを造成するモデル
  • 長期滞在・連泊を意識した価格設定
    といったタイプで、これらは地域内経済循環を生み出し、「点」ではなく「線」の観光導線を作る。

では、ブームの代表格であるサウナはどうだろうか。

サウナブームは地域活性化の「決定打」になりうるのか?

サウナは、他の体験型コンテンツに比べて設備規模が小さく、開業ハードルが低い。特に「テントサウナ」「バレルサウナ」は個人経営レベルでも導入しやすい。しかし、ブームのピークとされる2023〜2024年以降、全国でサウナ施設が乱立し、その結果価格競争が一気に激化した

東北地方の温浴施設の経営者はこう語る。
「正直、開業コストは回収できる。しかし問題は差別化がすぐに価格競争に置き換わってしまうことだ」。

サウナは滞在時間が限られ、飲食や物販の付帯収益も大きくは伸びないため、結果として観光客の地域滞在時間を大きく延ばす効果は弱い

ただ、地域ブランドの構築には効力がある。例えば、

  • 自然環境を生かした“外気浴”の名所化
  • 川・湖など天然資源のストーリーづくり
  • 宿泊と組み合わせた滞在価値の向上
    など、観光の「記号」として地域イメージに貢献する場合がある。

サウナ単独では弱いが、地域の他要素と掛け合わせると強い――これがサウナの本質的な価値である。

「体験型観光」は地域住民の暮らしにどんな影響を与えているのか?

編集部が地域住民へのヒアリングで最も多く聞いたのは、次の3点だった。

  1. 生活道路の混雑増加
  2. 夜間の騒音(特にBBQ付きグランピング)
  3. 地価上昇による地域負担増

特に山間地や湖畔エリアでは、観光客の車両増加が住民の移動時間を圧迫し、「週末は買い物にも出られない」という声もある。

また、BBQ施設における夜間騒音は全国的に問題化しつつあり、2024年には一部自治体が夜間音量規制火気ルール強化を導入した。
観光業は地域にもたらす“メリット”が注目されやすいが、住民側の生活コスト上昇は見落とされがちだ。

では、体験型観光はこのままブームの波に乗り続けるのか。

なぜ体験型観光は「持続性」を獲得できずに消えていくのか?

体験型観光が短命化しやすい理由は、以下の三点が大きい。

① 供給過多による価格下落

補助金で開業が進むと、利益率は急速に悪化する。競争力のない施設から脱落する構造だ。

② ハコは残っても、運営人材が残らない

地方の場合、専門人材を確保しにくく、結果。

  • サービス品質の低下
  • 定休日の増加
  • SNS発信の停止
    といった状態に陥りやすい。

③ リピート率の低さ

体験型観光は「一度行けば満足」になりやすい。特に都市部からの週末旅行は、目的地がローテーション化され、**“消費される地域”**になりやすい。

つまり、体験型観光は集客の突破口にはなるが、それだけでは地域経済の基盤を形成する力は弱い

では、地域はどのように“残る資産”に転換すべきなのか?

流行観光を“地域資産”に変えるために必要な条件とは何か?

全国の成功事例を取材すると、共通するポイントが3つ見えてきた。

(1)「地元プレイヤー」が企画に深く関与しているか

外部資本主導の施設より、

  • 地元食材
  • 地元事業者
  • 地元住民の参加
    が組み込まれている施設ほど、地域内の経済循環が生まれる。

(2)観光導線が面ではなく“線”になっているか

1施設で完結する観光ではなく、

  • 町歩き
  • 物販店
  • 食堂
  • 体験アクティビティ
    など複数拠点を回遊させることで、滞在時間と消費額が大幅に伸びる。「線の観光まちづくり」は、京都・金沢などでも重視されている戦略だ。

(3)地域が抱える“課題解決”と接続しているか

例えば、

  • 過疎地の空き家活用
  • 林業・農業との連携
  • 地域交通の維持
    など、観光が地域課題の解決にも役立つ設計になっていると、ブームの後も施設が残りやすい。

最後に──流行観光の波が去ったとき、何が地域に残るのか?

観光は、地域に「人」と「お金」を運ぶ手段だ。しかし、一時的なブームに依存する観光モデルは、波が引いた瞬間に脆さが露呈する
残るのは建物か、それとも地域ブランドか。
そこに住む人の誇りか、それとも負担感か。

サウナもグランピングも体験型コンテンツも、地域活性化の万能薬ではない。
だが、うまく活用すれば地域の魅力を再編集し、そこに暮らす人々が「自分たちの土地を誇れる理由」になりうる。

流行観光が残すものは、施設そのものではない。
ブームをきっかけに地域が何を“学び”、どう“つなぐ”か──そのプロセスこそが真の資産になる。