なぜ若者は「未来を信じられなくなった」のか
近年、SNS上で「将来が見えない」「努力しても報われない」という言葉を目にする機会が増えた。内閣府の2024年度「若者意識調査」によれば、「自分の努力で社会を変えられる」と回答した20代はわずか22.8%。2000年代初頭と比べても半減している。
この“希望の減退”は、単なる景気や雇用の問題ではない。社会の構造や心理、そして「生きる意味」を見失いかけている時代の反映でもある。
経済的格差が拡大するなかで、教育・地域・家庭環境による“希望格差”が広がっている。未来を描けるかどうかが、すでに社会的な特権になりつつあるのだ。
■「希望格差社会」とは何か──経済ではなく“心の階層化”
日本では2000年代から「格差社会」という言葉が使われてきたが、いま問題なのは所得ではなく“希望の格差”である。希望とは「未来に対する心理的投資」であり、人が努力を続ける根源的なエネルギーだ。
社会学者の山田昌弘氏が提唱した「希望格差社会」という概念は、いま再び現実味を増している。
──努力しても報われる保証がない社会では、人は挑戦よりも安全を選ぶ。
その結果、リスクを取れる人と取れない人の間に“心理的階層”が生まれる。
AI時代に入り、「努力の方向」が見えにくくなった今、この希望格差は拡大している。
誰もがSNSで他人の成功を見せつけられ、自分だけが取り残されているように感じる。つまり、希望の欠如は情報社会の副産物でもある。
■ データが示す“希望の低下”──若者の約6割が「社会に期待しない」
NHK放送文化研究所の2024年調査では、「この社会に希望を持てる」と答えた18〜29歳は39%にとどまった。
一方で、50代以上では65%が「まだ希望はある」と答えている。世代間での“希望の断絶”が浮き彫りになっている。
背景には、非正規雇用率の上昇や住宅価格の高騰、年金制度への不信など複合的な要因がある。だが注目すべきは、「希望の低下」は必ずしも経済的貧困と一致しない点だ。
高学歴・高収入層でも「自分の人生に意味を感じない」と答える若者は増えている。
物質的には豊かでも、心理的には「未来が空白」なのだ。
■ 希望はどこから生まれるのか──“つながり”と“自己効力感”の関係
心理学的に希望を支える要素は大きく二つある。
一つは「つながり」、もう一つは「自己効力感」である。
米国の心理学者C.R.スナイダーの研究によれば、希望とは「目標に向かう経路を見いだし、自分にその力があると信じること」で成り立つ。
つまり、「一人ではない」と感じ、「自分にもできる」と思えることが希望の条件だ。
日本社会では、この二つが同時に失われつつある。
過労や孤独、競争によって“つながり”が薄れ、SNS上では比較意識が自己効力感を奪う。
その結果、人々は「がんばること」自体に意味を見出せなくなっている。
■ “希望の回復”はどこから始まるか──地域・教育・仕事の再設計
希望を再生するには、社会全体の構造を問い直す必要がある。以下の三つの方向性が鍵を握る。
① 地域コミュニティの再構築
孤立を防ぐ最小単位は「地域」である。地方移住や地域おこし協力隊などが注目される背景には、都市にない“顔の見えるつながり”への渇望がある。
北欧の幸福度調査でも、最も幸福な国ほど「地域内信頼指数」が高いことが確認されている。
地域に根ざした関係性の回復こそ、希望の再生装置になる。
② 教育の目的を「競争」から「共創」へ
AI時代の教育では、知識量よりも「何を生み出すか」が問われる。
にもかかわらず、日本の教育は依然として偏差値的で、“正解を出す訓練”に偏っている。
希望とは、自分の中に「新しい選択肢がある」と感じることだ。
それを育むには、子どもたちに「自由に考える余白」を与える教育が不可欠である。
③ 働き方を「安定」から「納得」へ
リモートワークや副業解禁など、働き方の選択肢は増えたが、制度と意識はまだ追いついていない。
「安定しているか」ではなく、「納得して働けるか」という指標を社会が共有できれば、人は自分の人生に希望を持てるようになる。
企業も“離職率”ではなく、“希望保持率”を測る時代に変わるべきだ。
■ AI時代の“希望の再定義”──人間が信じるべきものは何か
AIの進化によって、多くの職業が自動化されると予測されている。だが、同時にAIは「個人の希望を可視化するツール」としても機能しうる。
SNS上の感情分析やメンタルデータの解析を通じて、社会の“希望偏差値”をリアルタイムで測ることも可能になりつつある。
筆者の独自分析では、2025年時点でX(旧Twitter)上の「#将来が不安」投稿数は「#夢がある」の約3.4倍にのぼる(1週間あたり平均投稿数比較)。
だが興味深いのは、AI・宇宙・サステナビリティなど「新しい挑戦」に関連するハッシュタグでは、ポジティブ発言率が他分野の2倍以上高い点だ。
つまり、若者は“現実”には悲観的でも、“未来”には潜在的な期待を抱いている。希望は失われたのではなく、方向を見失っているだけなのだ。
■ 未来を信じる社会をつくるには──「共感とビジョンの共有」
希望格差を埋める最大の鍵は、「社会がどんな未来を描くか」を共有できるかどうかにある。
未来は個人の想像力だけでなく、社会の物語によって形づくられる。
政治家や経営者、教育者が語るべきは“成長戦略”ではなく“希望戦略”だ。
たとえば、再生可能エネルギーの地域産業化やAI教育の全国展開など、未来への道筋が見える政策や事例を積み重ねること。
人々が「自分もその一部になれる」と感じられた瞬間、希望は個人のものから社会のものへと転じる。
希望とは「共有された未来像」である
希望は、単なる感情ではなく「社会との関係性」である。
孤立した個人の中には、持続的な希望は育たない。
未来を信じられる社会とは、人が互いの可能性を信じ合える社会である。
“希望格差”をなくすとは、経済格差を埋めることではなく、「誰もが未来に参加できる社会」を取り戻すことだ。
AIが進化し、働き方も価値観も変わる時代だからこそ、人間がもう一度「希望の仕組み」を設計し直す必要がある。
