熊本地震後、車中泊をしていた70代女性が、ガソリン切れでエアコンが停止した車内から熱中症の疑いで発見され、その後死亡した。故人が車を選んだ理由は確認されていないが、日本の避難所に残る雑魚寝やプライバシー不足が車中泊を生み、別の健康リスクへ人を追いやる構造は見過ごせない。本記事では、国際基準やイタリアとの比較から、日本の遅れと改善策を考える。

熊本地震の車中泊死亡は何を問いかけているのか?

今回の事例が問いかけているのは、車中泊をしていた人の自己責任ではなく、安全な避難生活を保障できているかという社会の責任である。

熊本県によると、地震後に車中泊をしていた70代女性が、2026年7月30日に熱中症の疑いで発見された。発見時には車のガソリンが切れ、エアコンが停止しており、その後、死亡が確認された。

正式に認定されれば、今回の熊本地震で初めての災害関連死となる可能性がある。ただし、女性が避難所の環境を理由に車中泊を選んだのかは公表されておらず、個別の動機まで断定することはできない。

それでも、猛暑のなかで冷房を車の燃料だけに頼る生活が、非常に不安定であることは明らかだ。燃料不足や給油所の休業、道路の寸断などが起きれば、車はプライバシーを守る空間から、短時間で危険な密閉空間へ変わってしまう。

車中泊には、主に次のような健康上の危険がある。

  • 夏季の車内温度上昇による熱中症
  • 長時間同じ姿勢を続けることによる血栓症
  • 水分摂取を控えることによる脱水
  • 冬季の低体温症や暖房使用時の一酸化炭素中毒
  • 行政や医療関係者による健康状態の把握の遅れ

問題は、これらの危険を知りながら、それでも車内の方が過ごしやすいと感じる避難者が存在することである。車中泊を減らすには注意喚起だけでなく、「なぜ人が避難所を避けるのか」を問い直さなければならない。

なぜ被災者は危険があっても車中泊を選ぶのか?

車中泊は単なる自動車好きの選択ではなく、避難所で安心して暮らせない人が自分と家族の居場所を確保するための避難行動でもある。

内閣府が2024年にまとめた「在宅・車中泊避難者等の支援の手引き」は、車中泊を選ぶ理由として、余震への恐怖、避難所の混雑、乳児やペットとの生活などを挙げている。さらに、車中泊にはプライバシーを確保しやすい利点があることも明記している。

体育館で知らない人と並んで寝る生活では、会話やいびき、子どもの泣き声まで周囲に聞こえる。着替え、授乳、介護、服薬といった人に見られたくない行為にも、自分だけの空間を確保しにくい。

避難所に入りにくい事情は、人によって異なる。

  • 乳幼児が泣くことで周囲に迷惑をかけたくない
  • 高齢者や障害者の介助を人前で行いにくい
  • ペットと一緒に避難所へ入れない
  • 男女共用の空間で着替えや就寝に不安がある
  • 集団生活の音や照明に耐えにくい
  • 感染症や他人との接触を避けたい

車には鍵があり、家族だけで過ごすことができる。狭くても、避難所の広い体育館より「自分の空間」と感じられるため、危険性を理解していても車を選ぶ人が出てくる。

平成28年熊本地震でも車中泊は例外ではなかった

内閣府の「平成28年度避難所における被災者支援に関する事例等報告書」では、熊本県内在住者へのアンケートで、回答者の74.5%が車中泊を経験したと回答している。複数回答方式で、自宅避難は50.9%、避難所は45.3%だった。

この調査は熊本県民全体の割合を示すものではなく、アンケート回答者の経験を集計した結果である。それでも、平成28年熊本地震において、車中泊が一部の例外ではなく広く選ばれた避難形態だったことを示している。

報告書に示された理由には、余震が怖い、避難所が満員だった、トイレや食事配給が混雑していた、高齢者や幼い子どもがいた、ペットを連れていたといった事情がある。避難所の生活環境だけが原因ではないが、混雑と共同生活への不安が車中泊を後押しする要因になっている。

日本の雑魚寝避難所は国際基準より遅れているのか?

日本には国別の避難所ランキングはないが、雑魚寝や間仕切りのない生活が繰り返されてきた実態は、国際的な人道支援の最低基準と比べて遅れている。

災害や紛争時の人道支援で広く参照されているのが「スフィア基準」である。これは被災者に快適な宿泊施設を提供するための理想論ではなく、健康、安全、尊厳を守るための最低基準を示したものである。

居住空間については、1人当たり最低3.5平方メートルが目安とされる。ただ面積を割り当てればよいのではなく、家族構成、性別、年齢、障害の有無などに配慮し、安全とプライバシーを確保する考え方が基本となっている。

日本の避難所で繰り返されてきた問題を整理すると、次のようになる。

  • 体育館や公民館の床に毛布や薄いマットを敷く雑魚寝
  • 家族ごとの境界や視線を遮る間仕切りの不足
  • 冷暖房、トイレ、入浴、洗濯環境の不足
  • 温かい食事を継続して提供する設備の不足
  • 避難者自身や被災自治体職員に依存する運営
  • 車中泊や在宅避難者の所在と健康状態を把握しにくい体制

雑魚寝は、単に眠りにくいという問題ではない。床付近のほこりを吸い込みやすく、高齢者には立ち上がりの負担が大きいうえ、長時間横になり続けることで身体機能が低下するおそれもある。

プライバシーの欠如も「多少我慢すればよい不便」ではない。着替えや授乳、介護、生理用品の交換などを行いにくくし、避難所そのものを避ける理由になり得るため、人の尊厳と安全に関わる問題である。

日本の避難所基準は改善されていないのか?

日本政府は2024年に基準を大きく見直したが、指針が変わったことと、全国の避難所で実行できることは同じではない。

内閣府は令和6年能登半島地震の課題を踏まえ、2024年12月に自治体向けの避難所指針とガイドラインを改定した。新しい指針には、パーティションや段ボールベッド、エアーベッドなどを備蓄し、避難所の開設時から設置することが盛り込まれている。

また、スフィア基準に沿って1人当たり最低3.5平方メートルの居住空間を確保することや、平時から避難所のレイアウトを作成することも示された。日本の政府方針は、少なくとも文書上では国際基準へ近づいている。

「届ける」だけでは避難所は変わらない

能登半島地震では、国が段ボールベッドやパーティションを被災地へ送り込んだ一方、避難所が過密で設置場所を確保できない、規格が統一されていない、避難者が使用を断るといった課題も確認された。物資は届くだけでは機能せず、保管、輸送、組み立て、配置、説明まで含む運用が必要になる。

現在の指針が自治体へ求めている主な準備は、次のようなものである。

  • ベッドやパーティションの事前備蓄
  • 開設時の配置を決めたレイアウトの作成
  • 設営を担当する人員の確保と訓練
  • 不足分を調達するための民間事業者との協定
  • ホテルや旅館などを利用する分散避難の準備

しかし、これらは全国一律の施設設備を法的に保証する制度ではなく、自治体の準備状況や財政、保管場所、人員によって差が生じる。日本の問題は、基準を知らないことよりも、発災直後から確実に実行する仕組みが弱いことへ移っている。

イタリアの避難所とは何が違うのか?

イタリアとの最大の違いはテントの形ではなく、トイレ、キッチン、ベッドと運営人員を一体として被災地へ投入する体制にある。

同じく地震が多いイタリアでは、災害時にテント、簡易ベッド、トイレ、シャワー、キッチン、食堂などを組み合わせた避難拠点が設置される。家族単位で生活空間を分け、床に直接寝かせないことが基本となっている。

日本では、まず学校の体育館や公民館を「避難所」として指定し、必要な設備を後から運び込むことが多い。これに対してイタリアでは、人が生活するために必要な設備を一つの単位として考え、訓練された組織が設営と運営に加わる。

違いの本質は、次の3点に整理できる。

  • 日本は既存の建物、イタリアは生活機能を備えた拠点を中心に考える
  • 日本は物資を個別に調達しやすく、イタリアは設備を一体的に投入する
  • 日本は被災自治体の負担が大きく、イタリアは外部組織が設営や運営を支える

もちろん、イタリア方式をそのまま日本へ移せるわけではない。日本には山間部や狭い市街地が多く、大型車両で資機材を運び、屋外に広い避難キャンプを設けることが難しい地域もある。

それでも、体育館を使いながらベッド、間仕切り、清潔なトイレ、温かい食事を初期段階から用意することは可能である。取り入れるべきなのは屋外テントの外形ではなく、生活機能を標準化し、被災地の外から迅速に届ける仕組みである。

日本の避難所は諸外国よりどの程度遅れているのか?

日本は国際基準を方針として採用する段階には達したが、全国どこでも発災直後から実現する体制では、イタリアなどの先進事例より明確に遅れている。

「日本の避難所は先進国で最下位」といった国際ランキングは確認できない。米国などでも、大規模災害の直後には体育館や大規模施設に簡易ベッドを並べる集団避難所が使われるため、諸外国では全員に個室が与えられるという理解も正確ではない。

そのうえで、日本の遅れは3段階に分けて評価できる。設備面では床での雑魚寝が残り、制度面ではスフィア基準を具体的に反映した政府指針の整備が遅く、運営面では被災自治体や避難者への依存が大きい。

日本の現在地を正確に表すなら、次のようになる。

  • 基準:国際水準を政府指針へ取り入れ始めた
  • 設備:ベッドや間仕切りが開設時から行き渡るとは限らない
  • 運営:資機材を扱う人員と外部支援体制が不足している
  • 避難所外支援:車中泊者の所在と健康状態を継続的に把握しにくい

つまり、日本は「何が必要か分からない国」ではなく、「必要なものを全国で確実に実装できていない国」である。経済力や技術力が不足しているというより、避難所を一時的に耐える場所として扱ってきた制度と運営の問題が大きい。

車中泊による災害関連死を防ぐには何が必要か?

車中泊を全面的に禁止するのではなく、避難所を選びやすくすると同時に、車中泊をする人も支援から取り残さない二重の対策が必要である。

第一に、避難所は開設時からベッドとパーティションを設置し、家族単位の空間を確保する必要がある。物資を倉庫に置くだけでなく、誰が運び、誰が組み立て、どの順番で配置するかまで訓練しておかなければならない。

第二に、乳幼児、高齢者、障害者、女性、ペット同行者などが、車へ逃げなくても済む選択肢を増やす必要がある。教室の活用、福祉避難所、ホテルや旅館への二次避難などを組み合わせれば、体育館だけに人を集める必要はなくなる。

第三に、車中泊を続ける人には、登録場所や巡回体制を用意し、健康状態と必要物資を把握しなければならない。給水、トイレ、日陰、冷暖房のある休憩所、燃料情報、保健師による巡回を一体的に提供することが重要である。

必要なのは、避難所と車中泊を対立させない支援である。避難所を改善して車中泊を減らし、それでも車にとどまる人には、避難所の外まで支援を届ける仕組みが求められる。

まとめ

熊本地震後の車中泊死亡事例は、避難生活の質が人の生死に関わる問題であることを改めて示した。

今回亡くなった女性が、プライバシー不足を理由に車中泊を選んだとは確認されていない。しかし、公的資料は、避難所の混雑やプライバシー、乳幼児、ペットなどの事情から、車中泊を選ぶ人が一定数いることを認めている。

日本政府は2024年、1人当たり最低3.5平方メートルの居住空間、開設時からのベッドとパーティション設置などを指針に盛り込んだ。今後問われるのは、基準を掲げたかどうかではなく、次の災害で最初の日から実行できるかどうかである。

雑魚寝とプライバシー不足は、避難者に我慢を求めるだけの問題ではない。それによって人が避難所を離れ、猛暑の車内など別の危険へ向かうのであれば、避難所改革は災害関連死を防ぐための命の対策である。

主な参考資料

日本と諸外国を一律に順位づけた公的な国際比較調査は確認できないため、本記事では国際基準、日本政府の資料、イタリアとの比較資料をもとに評価した。

  • 内閣府「避難生活における良好な生活環境の確保に向けた取組指針」(2024年12月改定)
  • 内閣府「自治体向けの避難所に関する取組指針・ガイドラインの改定について」(2024年12月)
  • 内閣府「在宅・車中泊避難者等の支援の手引き」(2024年6月)
  • 内閣府「平成28年度避難所における被災者支援に関する事例等報告書」(2017年)
  • 内閣府「避難所運営のあり方:海外との比較」(2024年8月)
  • Sphere Association「The Sphere Handbook 2018」