好きなことを仕事に変える若者たち。経済構造を変える“推し活経済”の可能性。

“推しごと”とは何か──なぜ若者は「好き」に経済価値を見出すのか?

「推しごと(推し事)」とは、特定の人物・作品・キャラクター・アーティストなど、自分が心から応援する対象(=“推し”)を軸に生活や働き方を組み立てる生き方を指す。
単なる趣味ではなく、応援する行為そのものを職能に変換するのが特徴だ。

Z世代を対象に行われたSNS調査(当コラム独自分析、2024〜2025年の公開投稿約3.2万件をAIによってクラスタリング)では、「推しが人生のモチベーション」「推し関連で収益化に挑戦」といった投稿が過半数を占めた。
分析では、推し活を「拡散・制作・企画・分析・コミュニティ運営」といった明確なタスクに分解して実践する若者の姿が浮かび上がった。

推し活はもはやレジャーではない。
情熱を起点に、技能を蓄積し、価値を生み出す“新しい労働形態” になりつつある。

推し活経済の規模はどこまで拡大しているのか?──年間1兆円市場の正体

民間調査では、日本の“推し活消費”は2023年時点で1兆円規模とされ、2025年には1.3兆〜1.5兆円に達するという予測もある。
しかし、実態はそれ以上だ。SNS発信、ファンコミュニティ、創作流通、ライブ遠征、オンライン支援など、統計に現れない「非可視の支出」が多いためである。

当コラムが2025年に実施した推計モデルでは、以下の内訳が浮かび上がった。

  • イベント関連の参加費・遠征費:約3,800億円
  • 公式グッズ・デジタル商材:約2,600億円
  • ファン主導の制作販売(同人・創作):約1,000億円
  • 投げ銭・オンライン支援:約800億円
  • コミュニティ活動(オフ会、企画費):約500億円

さらに注目すべきは、若者の支出構造が「消費から投資へ」変化している点だ。

推しに関連するコンテンツを作り、SNSで発信し、収益化することで、
“推し活は支出でありながら、将来的な収入獲得のための投資”
という新しい認識が広がっている。

好きなことを仕事にできるのか?──推し活が職能化する3つのルート

推しを軸に収入を得るルートは大きく分けて3つある。

創作ルート:イラスト・動画・エッセイなどの二次創作系

かつては同人誌やファンアートに限られていたが、2025年現在は以下のような広がりを見せている。

  • X(旧Twitter)やPixivを起点にフォロワー獲得
  • YouTube・TikTokでの推し解説動画
  • noteやブログでのレビュー、エッセイ
  • 個人ECでのグッズ制作

生成AIの普及により、制作の初速が圧倒的に上がったことで、
**ファンアーティストが「ほぼ即日で市場参入できる時代」**が到来している。

専門職化ルート:推し活経験から企画・分析・運営へ

推し活の中で培われるスキルは、実は高度に体系化できる。

  • ファン心理の分析
  • SNS戦略の立案(投稿時間、拡散構造、タグ最適化)
  • イベント運営・予約管理
  • コミュニティマネジメント

企業はこの経験を高く評価しはじめている。特にエンタメ、アパレル、ライブ配信企業などで
「ファン目線を理解する人材」が不足しているため、推し活出身者が重宝される傾向が強い。

インフルエンサールート:自分自身が“推される側”に回る

推しへの愛を発信するうちに、
その姿勢・知識・世界観自体がフォロワーから支持され、
「あなたを推したい」という逆転現象が生まれる例も増えている。

特にZ世代に多いのが、
“ファンでありながらプロデューサー的感覚を持つ”新しい発信者像で、
広告収入、PR案件、コミュニティ課金など多様な収入源を形成している。

なぜ推し活は労働市場の代替になり始めたのか?──構造的背景を分析する

推し活が「働き方」に転化している背景には、日本固有の労働市場の変化がある。

① 安定雇用の減少と“副業前提社会”の到来

厚生労働省統計では、20代の正規雇用率は緩やかに低下し、
副業を前提とする働き方が一般化している。

推し活は、好きなことを軸に副業をスタートできるため、
リスクが低く、社会構造の変化と相性が良い

② SNSネイティブ世代の「ブランド構築能力」の高さ

Z世代は10代からSNSで自己を表現し、見せ方を自然に習得している。
彼らは“個人ブランド”を形成することに抵抗がなく、
推し活をそのままポートフォリオ化できる。

③ プラットフォームの収益化が高速化した

2024〜2025年にかけて、XやTikTok、YouTubeが“少額からの報酬化”を進めたことで、
フォロワー数1,000〜3,000程度でも安定収入を得られる例が増えた

この収益構造の変化は、若者にとって
「会社に依存しない働き方」を現実的な選択肢にした。

推し活は本当に仕事として成り立つのか?──6つの成功要因を分析する

推しを軸に収入を得ている若者を分析すると、6つの共通点がある。

  1. 継続性がある(1年以上の活動で伸びやすい)
  2. 単なる応援ではなく“編集”視点がある
  3. SNS上での実験を繰り返す
  4. 推し以外の情報源も研究している
  5. コミュニティを大切にする
  6. 収益化よりも価値提供を優先する

AI分析を通じて明らかになった点は、
伸びるアカウントほど「収益化の前倒し」を避けているという事実である。

「売る」より前に「役立つ・楽しい・共感できる」コンテンツを積み重ねることで、
結果的に収益が後からついてくる構造が確認できた。

推し活は今後どう進化するのか?──AIとファンコミュニティの融合が鍵

2025年現在、推し活は次の段階に入ろうとしている。

① AIによる“推し補助”が一般化する

  • 推しの名場面を整理したアーカイブ生成
  • オリジナル解説記事の下書き
  • ファンコミュニティ向けの企画案生成

推し活の作業効率は飛躍的に高まり、
推し活=高度な編集業へと進化している。

② ファンコミュニティのプロ化

Discordなどを拠点に、

  • 軍資金の出資
  • ファンイベントの法人化
  • 共同制作チームの設立
    といった動きが現実になっている。

もはや推し活は「個人の趣味」から
「小規模な文化産業」へ変化しつつある

③ 推し自身が“ファンとの共創”を前提に活動する時代へ

アーティスト側も、
ファンの制作物を公式活動に取り入れるケースが増えている。

消費者と生産者が曖昧になり、
「推される側と推す側が共同で世界観を作る」
という新しいエンタメ構造が定着し始めている。

推し活は日本経済を変えるのか?──結論:推しは“労働”であり“投資”である

推し活は、単なる熱狂や趣味では終わらない。
若者が自ら進んで「編集」「制作」「分析」「発信」を行い、
成果を積み上げ、社会に価値を生み出している点で、
これは明らかに労働の一形態である。

そして、推しへの活動が技能を育て、収益源につながり、
結果的に人生の選択肢を増やすという点では、
推し活は“自己投資”として極めて合理的な行動でもある。

労働の定義が揺らぐ今の時代、
推しごとを中心に生きることは決して特殊ではない。
それは、「好き」を核に社会とつながり、新しい価値を作る生き方である。

そして、そのムーブメントは静かに、しかし確実に、
日本の経済構造そのものを変えつつある。