結論から言えば、SNS時代において観光地の第一印象は「体験」ではなく「画像」で決まる構造に変化している。
旅行前に人々が接触するのは現地の空気でも文化でもなく、InstagramやXに並ぶ数枚の写真である。この視覚情報が、訪問動機の大半を形成している。

観光庁の統計でも、若年層を中心に「SNSで見た場所を訪れた経験がある」と回答する割合は年々上昇している。
つまり、写真映えはもはや副次的要素ではなく、観光地の競争力そのものになっている。

写真映えが生み出す“成功モデル”とは何か

写真映えを起点に急成長した観光地には共通点がある。
① 撮影ポイントが明確
② 画像一枚で場所が特定できる
③ 季節や時間帯による表情の変化がある
この三点が揃うことで、SNS上での再生産が加速する。

たとえば、特定の路地、橋、階段、鳥居、海沿いの一本道など、実際の観光資源としては小規模でも、「写真として強い」場所は爆発的に拡散される。
これは従来の「名所・旧跡」中心の観光設計とは異なる、新しい成功モデルである。

なぜ写真映えは短期間で町を変えてしまうのか

写真映え型観光の最大の特徴は、成長スピードの速さにある。
ガイドブック掲載やテレビ露出を待たず、SNS経由で一気に人が流入するため、行政や住民の対応が追いつかない。

筆者が複数の観光地関係者に聞き取りを行ったところ、共通していたのは「流行が来てから対策を考える余裕はない」という声だった。
これは失策というより、構造的な問題である。
拡散の起点が民間であり、予測不能なためだ。

写真映えがもたらす経済的メリットは本物か

短期的には、写真映えは確実に経済効果をもたらす。
飲食店の売上増加、宿泊需要の拡大、土産物の開発など、数字として成果が出やすい。

しかし、ここに落とし穴がある。
写真映え観光の消費行動は「滞在が短い」「目的が限定的」「リピート率が低い」という傾向が強い。
写真を撮ること自体が目的化し、町全体を回遊しないケースが多いのだ。

なぜ住民との摩擦が起きやすいのか

写真映え観光が生む最大の副作用は、生活空間と観光空間の衝突である。
住宅地の路地、通学路、私有地に近い場所が突然「撮影スポット」になる。

筆者が取材した地方都市では、
・無断撮影
・早朝深夜の騒音
・ゴミ問題
が同時に発生し、住民の不満が急激に高まった。

重要なのは、観光客側に悪意があるわけではない点だ。
「写真を撮る」という行為が、日常生活への侵入になっていることに気づきにくい構造が問題なのである。

写真映え偏重は町の物語を壊すのか

結論として、写真映えそのものが悪なのではない。
問題は、町の文脈や歴史を切り離したまま、視覚的消費だけが先行する点にある。

写真映えは「入口」としては非常に強力だが、それだけに依存すると、町は背景として消費される。
結果として、文化的価値や生活のリアリティが削ぎ落とされ、「どこにでもある映えスポット」と化してしまう。

持続可能な観光ブランディングに必要な視点とは

写真映えを活かしつつ、持続性を保つためには三つの視点が必要だ。

第一に、撮影可能エリアの明確化。
第二に、写真の背後にある物語の提示。
第三に、住民が主役となる運営体制。

写真はあくまで扉であり、町の価値そのものではない。
その認識を行政、事業者、住民が共有できるかどうかが、今後の観光地ブランディングを左右する。

SNS時代に町は何を選ぶべきか

写真映えを拒否することは現実的ではない。
一方で、無条件に迎え入れることも危険である。

結論として、町が選ぶべきなのは「写真映えを管理する力」である。
映るか、映らないかではなく、どう映り、何を伝えるのか。
その設計こそが、SNS時代の観光地に求められている本質だ。