政治が語る危機と、経済が示す現実の乖離を読み解く
2025年冬、日本の安全保障環境をめぐる議論が再び加速している。
きっかけとなったのは、中国軍による海上自衛隊へのレーダー照射——火器管制レーダー、いわゆる“照準”を示す行為である。
国際社会では、レーダー照射は「敵対行為の一歩手前」とされる。
相手国の反応を試し、軍事的エスカレーションの境界線を探る行為でもあり、偶発的衝突の火種にもなりかねない。
このため、照射が起きた瞬間、日本国内では緊張感が高まり、政治の空気が一気に変わる。
しかし、この“政治的緊張の高まり”とは裏腹に、中国国内では異なる現実が進行していた。
2025年11月27日、湖南省長沙市ではイオンモール長沙湘江新区が盛大に開業し、地元客であふれ、経済活動は平穏そのものだった。
政治の世界では日中関係の危機が語られ、経済の現場では日本企業が歓迎されている。
本稿では、こうした“緊張と平穏の二重構造”を整理しつつ、レーダー照射がなぜ日本の政治、とりわけ高市政権にとって強力な追い風になるのかを分析したい。
1.レーダー照射という「危険信号」は偶然ではない
火器管制レーダーの照射は、軍事的には極めて明確なメッセージを伴う。
「こちらはあなたを射程に入れている」
つまり、いつでも攻撃可能という意思表示だ。
もちろん、中国側に“今すぐ撃つ意思”があったわけではない。
しかしこの行為は、日本側の反応を精密に観測する効果を持つ。
加えて、台湾情勢をめぐって米中対立が続く中、
「日本がどこまで出てくるか」を測る探りの側面が強い。
今回の照射は、
- 台湾総統選後の不透明な情勢
- 南シナ海での米中の衝突回避メカニズムの不備
- 中国海空軍の過剰行動の増加
といった背景の上に起きたもので、市場や専門家が「きな臭い」と評するのも無理はない。
だが、この危機が日本の政治空間にもたらす影響は、軍事技術的な側面以上に大きい。
2.レーダー照射が一瞬で“政治の空気”を変える理由
日本にとって、中国軍のレーダー照射は、国民の危機意識を強烈に刺激する出来事である。
実際、過去の世論調査を見ても、「中国が最も脅威」と回答する割合は、緊張事件の直後に急増する傾向がある。
政治家にとって、
安全保障政策を推し進めるための最良の環境とは“危機が議論の中心にあるとき”である。
今年は防衛費増額、反撃能力(長射程ミサイル)の配備、宇宙・サイバー分野の予算強化など安全保障関連の大きな政策変更が続く節目であり、高市政権にとって今回の照射は、こうした政策を正当化する“格好の事例”になっている。
偶然であれ、中国が照射した瞬間、日本政治は「危機対応モード」に移行する。
これが、今回特に注目すべき点である。
3.政治は危機を求め、危機は政治を形づくる
政治学には、「危機は政策を動かす」という定理がある。
国民は平時には大胆な防衛政策を支持しにくいが、危機報道が続くと態度が変わりやすい。
レーダー照射はその典型例であり、特に高市政権にとっては次のような“追い風”となる。
■ ① 防衛費の増額を正当化できる
国民は「危険があるなら仕方ない」と考える。
■ ② 反撃能力(敵基地攻撃能力)への抵抗が弱まる
「撃たれる前に撃てる体制が必要だ」という主張が通りやすい。
■ ③ 野党の安全保障論争を弱体化できる
立憲民主党などは強硬策に慎重であるため、危機時は議論で不利になりやすい。
■ ④ 首相の“求心力”を回復できる
危機対応は政治家を強く見せる効果がある。
つまり、中国が照射した瞬間、
政治構造そのものが高市首相に有利な方向へ傾いた
ということである。
これこそ、今回の最大のポイントだ。
4.台湾有事をめぐる国会質問と、偶然の“重なり”
さらに興味深いのは、今回の安全保障論争の“引き金”となった国会質疑が、岡田克也氏による質問だったことだ。
岡田氏は外相・副総理を歴任したベテラン政治家であり、立憲民主党の重鎮だが、一般にはあまり知られていない事実として、
イオン創業家(岡田屋)の一族で、イオングループ会長を務める岡田元也氏は実兄にあたる。
イオンの前身は三重県四日市市の呉服店「岡田屋」であり、四日市では岡田家は古くから地域経済の中核として知られてきた。
岡田氏の意図とは無関係に、政治の緊張が高まったタイミングで、
偶然にも中国湖南省ではイオンモールが盛大に開業し、
地元政府も企業も市民も平穏な日常を送っていた。
- 政治の表舞台では「台湾有事論」が熱を帯び、
- 経済の現場では日本企業の巨大モールが祝福される。
この奇妙な“二重構造”は、
単なる偶然にしては象徴的である。
だが、ここで推測を重ねてはいけない。
重要なのは、
政治と経済はそれぞれ別のロジックで動くという構造そのものだ。
5.中国の“二重外交”──政治は強硬、経済は柔軟
中国は一貫して、
「政治は強硬、経済は柔軟」
という二重外交を採用している。
台湾、尖閣、軍事問題では強い姿勢を見せるが、
同時に外資誘致は続け、日本企業を積極的に受け入れる。
長沙市のイオンモール開業はその象徴であり、
地元自治体の協力と市民の歓迎ぶりは、
日本の政治報道とはまるで別世界のようだった。
中国にとっては、
- 内陸部の経済発展
- 地域格差の是正
- 外資の活用
これらは国家戦略であり、
政治的緊張と矛盾しない。
だから、
政治で日本を批判しながら、経済では日本企業を歓迎できる。
この二重構造があるからこそ、
レーダー照射が起きても中国社会は動揺しない。
結果として、
日本側の“危機認識だけが”高まるという現象が生まれる。
6.緊張の高まりは、日本国内の議論を“ひとつの方向”に収斂させる
レーダー照射が与えた影響は、日本の政治空間にもはっきり現れている。
日本では安全保障議論がしばしば政党間の争点になるが、
危機が顕在化すると、
「防衛力の強化は避けられない」という一方向の議論が支配的になる。
これが高市政権にとって最大のメリットである。
野党が政府の防衛政策を批判しにくくなり、
国民は緊張ゆえに政府の主張を受け入れやすくなる。
さらに、中国側の強硬姿勢は、
“日本側の防衛強化を正当化する材料”になってしまうため、
結果として双方が“緊張の演出”から利益を得る構造が生まれる。
7.レーダー照射は軍事挑発であると同時に“政治の追い風”でもある
今回のレーダー照射は、
軍事技術的に見れば危険な行為であり、
国際社会に対する中国の強硬姿勢の一端である。
しかし同時に、
日本の政治に強い影響を与える“国内政治イベント”でもある。
- 高市政権の防衛政策に正当性を与え、
- 国会議論を政府に有利な方向へ促し、
- 野党の選択肢を狭め、
- 国民の危機認識を一気に高める。
政治が危機を求め、危機が政治を形づくる。
その典型例が、このレーダー照射事件である。
そして、中国社会では平穏な経済活動が続き、
イオンモールでは笑顔の買い物客が行き交う。
政治と経済がこれほどまでに乖離して動くという現実こそ、
現代の東アジア情勢の複雑さを象徴している。
レーダー照射とは、単なる軍事挑発ではなく、
政治・外交・経済の三層が交差する“構造的現象”なのである。
