一等地が駐車場に変わる異様な風景
東京の真ん中で、更地や駐車場が目立つようになってきた。新宿駅南口や銀座の一等地では、大規模な再開発が予定されていたにもかかわらず、建築費の高騰と人手不足で計画が進まず、長期間にわたって空白のまま放置されている場所がある。
土地を高額で取得しながら、建物が建たず、結局は駐車場にしか利用できない。維持費として毎年の固定資産税が重くのしかかるが、背後にファンド資金があるため「人の金」だからこそ放置できるという歪んだ構造が透けて見える。
こうした風景は、都市の成長どころか、むしろ停滞や空洞化を象徴している。
建築資材高騰と人手不足が突きつける現実
再開発が進まない最大の要因は、建築コストの上昇だ。
鉄鋼やセメントなど資材価格は世界的な需給の逼迫や円安の影響で高騰しており、さらに人手不足によって労務費も上がっている。かつて「作れば儲かる」と言われた再開発は、採算が合わず着工できない状況に直面している。
新宿駅南口の再開発計画では、当初「2028年度完成予定」とされていた超高層ビルの南街区が、現在は「完成時期未定」となっている。施工業者が決まらず、計画が宙に浮いているのだ。
この「未定化」は、新宿に限らず東京各地で広がっている。土地だけが高値で動き、建物が建たない。都市の中心に更地や駐車場が点在する光景は、再開発の限界を示す象徴と言える。
ニュウマン高輪──“意識高い系”の限界
JR高輪ゲートウェイ駅に直結する商業施設「ニュウマン高輪」が開業した。かつての操車場跡地をJR東日本がゼロから作り上げた「高輪ゲートウェイシティ」の基幹施設であり、運営を担うのはJR東日本の子会社ルミネだ。
この施設は「意識高い系」として話題を集めた。循環型ファッション、クレーンで高層階に運ばれた植物、サステナブルを掲げる店舗群。だが、それは生活者が本当に求めている姿なのだろうか。
物価高で日常生活に余裕がない時代に、わざわざ高級志向の商業施設に足を運ぶ必然性は薄い。
ユニクロや食料品スーパーのような「普段使いの店」は入っておらず、地域住民からは「一度来れば十分」という声も上がっている。
「多様性」「未来価値」といった耳触りの良い言葉を並べても、日常の利便性が欠けていれば人は定着しない。
麻布台ヒルズ──SNSで「ガラガラ」と揶揄される現実
「森ビルの集大成」と言われた麻布台ヒルズも、開業直後こそ話題になったものの、SNSでは「ガラガラだ」「人がいない」という声が拡散された。
高額な飲食店やラグジュアリーブランドは揃っているが、日常の延長として訪れる理由が見つからない。
結局のところ、観光客やインバウンドに依存する施設構成となり、地域住民にとっては縁遠い空間になっている。これでは持続的な賑わいは期待できない。
お台場・汐留──オフィス需要が支えるだけの街
お台場や汐留シオサイトも、かつては「未来型都市」の象徴とされた。だが現実には、平日昼間はオフィスワーカーで賑わっても、休日は閑古鳥が鳴く。
商業施設が乱立しても、結局はテナント撤退が相次ぎ、維持が難しくなる。
都市機能としてはオフィス需要があるから何とか成り立っているが、「休日にわざわざ行く場所」としては選ばれない。
銀座の更地と駐車場化
銀座でも同じ現象が見られる。当社に隣接する一等地では、デベロッパーが高額で土地を取得したものの、建設計画が頓挫し、現在は駐車場として利用されている。
維持費や固定資産税は莫大だが、背後にファンド資金があるため「自分の金ではない」余裕から、事業が長期間停滞しても誰も責任を取らない。
都市の中心にぽっかりと空いた空白は、街の活力を奪うばかりだ。
丸の内と銀座──オフィス需要で十分
丸の内は本来、企業オフィス街としての需要で十分に成立する街だ。
隣には銀座という圧倒的な商業地が存在するため、休日にわざわざ丸の内で買い物やレジャーをする必然性はない。
それにもかかわらず、商業エリアを過剰に付け加えようとする発想は「欲のかき過ぎ」でしかない。都市は役割分担で成立しており、無理に「すべてを揃えよう」とする再開発はかえって不自然さを生む。
鉄道沿線の生活者視点──普段使いはすでに満たされている
そもそも生活者が求める「普段使いの利便施設」は、鉄道沿線の駅前に既に充実している。
スーパー、ドラッグストア、飲食チェーン、クリニック……日常の暮らしは最寄り駅で完結しており、わざわざ都心の新しい商業施設に出向く理由はない。
その現実を無視して「都心に大型商業施設を増やせば人が集まる」という発想は、生活者の行動パターンから乖離している。
生活者不在の再開発がもたらすもの
過剰な再開発の帰結は明らかだ。
- 新宿南口の空き地
- 銀座の駐車場化
- 麻布台ヒルズの閑散
- ニュウマン高輪の“意識高い系”空間
- お台場や汐留の休日の閑古鳥
これらはすべて、「生活者不在」の再開発が生んだ結果である。
都市は生活者あってこそ持続する。人がついてこない街づくりは、やがてテナント撤退と空洞化を招くだけだ。
見通しなき再開発は社会問題である
都市開発そのものを否定するわけではない。だが「過剰な再開発」は、街に空白を増やし、生活者の利便を損ない、経済的にも持続性を欠く。
必要なのは、ファンドやデベロッパーの短期的な数字合わせではなく、生活者の視点に立った街づくりだ。
オフィス需要で成立する街はオフィス街のままでいい。商業施設は生活者の日常を支える形であれば十分だ。
更地や駐車場が一等地に点在する現状は、都市計画の失敗を如実に示している。
「人がついてこない再開発」は、もはや社会問題である。