観光協会は本当に地域のためにあるのか?

観光協会は本来「地域の利益」のために存在するが、現実には目的が曖昧になっているケースが少なくない。

観光地を訪れると、必ずと言っていいほど「観光協会」の名前を見る。
パンフレット、公式サイト、イベント主催者欄──そこには当たり前のように存在している。

だが、いざ「観光協会は何をしているのか」と問われると、明確に答えられる人は少ない。
地元住民でさえ、その役割を説明できないことが多い。

観光客向けの窓口か。
自治体の下請けか。
それとも地域事業者の代表機関か。

実態は、地域ごとに大きく異なる。
この曖昧さこそが、いま議論すべき核心である。

なぜ観光協会は「中間組織」なのか?

観光協会は行政と民間の間に立つ「調整役」として設計された組織である。

多くの観光協会は、自治体から補助金を受けつつ、地元事業者の会費によって運営される。
つまり、公と民の“あいだ”にある。

例えば、全国組織としては日本観光振興協会が存在し、各地に支部や関連団体がある。
また、観光政策の司令塔は観光庁である。

しかし、中央の方針と現場の実情には常に温度差がある。
その溝を埋める存在として、観光協会は位置づけられてきた。

理屈の上では合理的だ。
だが、理屈と現場は一致しないことも多い。

形骸化はなぜ起きるのか?

補助金依存と事業の固定化が、組織を保守化させる。

現場で話を聞くと、ある共通点が浮かび上がる。
「前年踏襲」という言葉だ。

毎年同じイベント。
同じポスター。
同じ委託先。

失敗は許されない。
新しい挑戦はリスクになる。

補助金は“使い切る”ことが優先され、成果検証は後回しになる。
こうして、組織は徐々に内向きになる。

観光客の動向が激変する時代に、仕組みだけが変わらない。
これが形骸化の正体である。

観光客は本当に見ているのか?

多くの観光客は観光協会を認識せず、SNSや個人発信を頼りに行動している。

いま旅行者は、公式パンフレットよりも口コミを見る。
検索エンジン、SNS、動画レビュー。

観光協会のサイトよりも、個人ブロガーの体験記のほうが影響力を持つことも珍しくない。
情報流通の主導権は、すでに分散している。

にもかかわらず、従来型の広報を続ける地域も多い。
紙媒体中心、更新頻度の低い公式サイト。

そのギャップに気づいていない場合、存在意義はさらに薄れる。
「見られていない組織」になる危険がある。

地元事業者は満足しているのか?

観光協会の価値は、地元事業者にとっての実利で測られるべきである。

宿泊業者や飲食店にとって重要なのは、実際の集客効果だ。
会費を払っても、売上が伸びなければ意味は薄い。

一方で、小規模事業者にとっては、個別の発信力が弱い。
だからこそ共同体の存在が必要になる。

ここで問われるのは、協会が「公平に機会を分配しているか」だ。
特定の事業者だけが恩恵を受けていないか。

中立性が崩れれば、組織への信頼は急速に低下する。
中間組織は、信頼を失えば機能しない。

DMOは救世主なのか?

DMO導入だけでは本質的な改革にはならない。

近年、観光戦略の文脈で「DMO(観光地域づくり法人)」が注目されている。
データ分析を活用し、戦略的に観光を設計する組織だ。

しかし、名称を変えただけで中身が変わらない例もある。
人材不足、専門性の欠如、旧来体質。

肩書きが高度化しても、現場の意思決定が旧来のままなら意味はない。
組織改革は看板ではなく、運営構造にかかっている。

観光協会が本当に果たすべき役割とは何か?

観光協会の本質は「利害調整と未来設計」にある。

観光は、経済効果と生活環境を同時に動かす。
オーバーツーリズム、騒音、家賃高騰。

誰かの利益は、誰かの負担になる。
その調整を担う主体が必要だ。

行政は制度を守る。
事業者は利益を追求する。
住民は生活を守る。

この三者の間に立ち、議論の場を設けること。
それこそが中間組織の使命である。

住民はどこにいるのか?

観光政策において住民の声が可視化されていないことが最大の問題である。

観光協会の会議に、一般住民は参加しているだろうか。
意見募集は形式的になっていないか。

観光は「地域の顔」をつくる行為だ。
その顔を決める場に、住民がいなければ歪みが生じる。

結果として、観光客と住民の対立が起きる。
その火種は、初期設計にある。

これからの観光協会はどう変わるべきか?

透明性と成果指標の明確化が、再生の鍵である。

まず、予算の流れを公開すること。
事業ごとの成果を数値で示すこと。

次に、若い世代や外部専門家を積極的に登用すること。
閉鎖的な人事は停滞を生む。

そして、SNSやデータ分析を本格的に活用すること。
感覚ではなく、検証に基づく観光戦略へ。

変化を恐れない組織だけが、生き残る。

観光協会は不要なのか?

観光協会は不要ではなく、再定義が必要なのである。

観光協会がなくなれば、調整機能はどこが担うのか。
自治体単独では限界がある。

民間だけでは短期利益に偏る。
だから中間組織は依然として必要だ。

問題は存在ではない。
目的の明確化である。

「誰のためにあるのか」。
この問いを曖昧にしないこと。

観光協会の未来は、そこから始まる。