生活保護は約197万人の暮らしを支える一方、必要でも申請に至らない人がどれほどいるのかは正確に把握されていません。制度は最後のセーフティネットとして機能しているものの、十分に届いているとは言い切れないのが結論です。本記事では、受給者数の増減、高齢化、不正受給論争、捕捉率の限界を整理し、制度の実効性を考えます。
生活保護制度は機能しているのか?
生活保護は現に多くの人の最低生活を支えているが、必要な人が申請前にこぼれ落ちる問題まで含めれば、機能は十分とはいえません。
生活保護法第1条は、日本国憲法第25条の理念に基づき、生活に困窮する国民に必要な保護を行い、最低限度の生活を保障するとともに自立を助長することを目的としています。単なる現金給付ではなく、住居、医療、教育などを通じて生活全体を支える制度です。
保護費は一律の金額ではありません。地域や年齢、世帯人数などから算定される最低生活費と、年金や就労収入などの世帯収入を比較し、不足する分が支給されます。
生活保護には、主に次の扶助があります。
- 食費や光熱費など日常生活を支える生活扶助
- 家賃を支える住宅扶助
- 医療や介護を支える医療扶助・介護扶助
- 子どもの教育、出産、就労準備、葬祭を支える各種扶助
この仕組みによって、病気や障害で働けない人、年金だけでは暮らせない高齢者、離職や家庭事情によって収入を失った人が生活を維持しています。この意味では、生活保護が最後のセーフティネットとして機能していることは疑いありません。
ただし、制度を評価するときは、現在受給している人だけを見てはいけません。最低生活を下回りながら制度につながっていない人、窓口へ行けない人、申請をためらう人まで視野に入れる必要があります。
受給者数は増えているのか、減っているのか?
生活保護の受給者数は長期的には減少傾向にある一方、世帯数は高止まりしており、月ごとの申請件数だけで困窮の増減を判断することはできません。
厚生労働省の『被保護者調査』によると、2026年5月の被保護実人員は197万237人でした。前年同月より2万624人、率にして1.0%減少しています。
同月の被保護実世帯数は164万1,803世帯で、前年同月より3,953世帯、0.2%の減少でした。受給者数の減少幅より世帯数の減少幅が小さいことから、単身世帯の多さがうかがえます。
2026年5月の状況は、次のように整理できます。
- 被保護実人員は197万237人で、前年同月比1.0%減
- 被保護実世帯数は164万1,803世帯で、前年同月比0.2%減
- 保護の申請件数は2万991件で、前年同月比8.8%減
- 保護開始世帯数は1万8,062世帯で、前年同月比9.3%減
ただし、申請件数は月によって動きます。前月の2026年4月は申請件数が前年同月より増えていたため、5月の減少だけを見て「生活困窮が改善した」と結論づけることはできません。
人数が減っても制度需要が消えるわけではない
受給者数は、申請だけでなく、就職や収入増加による保護廃止、施設入所、転出、死亡などによっても変動します。高齢の受給者が多い現在は、受給者数の減少が生活再建だけを意味するとは限りません。
また、人口そのものが減少しているため、人数の増減だけで制度需要を判断することにも限界があります。人口に占める受給者の割合、世帯類型、申請件数、開始・廃止の理由を合わせて見る必要があります。
厚生労働省の資料では、被保護人員は2015年3月をピークに減少傾向へ転じました。一方、被保護世帯数は人数ほど大きく減っておらず、「受給者が急増し続けている」というイメージは現在の統計と一致しません。
高齢者世帯の多さが制度の姿を変えている
生活保護の中心は失業した現役世代だけではなく、年金や資産だけでは最低生活を維持できない高齢の単身世帯へ移っています。
2026年5月の被保護世帯のうち、高齢者世帯は90万3,908世帯で、保護停止中を除く世帯全体の55.3%を占めました。そのうち単身世帯は84万4,908世帯で、全世帯の51.7%に当たります。
これに対し、母子世帯は5万4,975世帯で3.4%、障害者・傷病者世帯は41万6,045世帯で25.5%でした。生活保護を「働けるのに働かない人の制度」とだけ捉えると、実際の受給構造を大きく見誤ります。
高齢者世帯は就労だけでは自立できない
高齢者世帯の多くは、年金などの収入があっても、家賃や生活費、医療・介護を含む最低生活費に届きません。年齢や健康状態を考えれば、就職によって保護から離脱することを一律に求めるのは現実的ではありません。
生活保護法がいう「自立」は、就職による経済的自立だけを意味しません。厚生労働省も、日常生活を安定させることや、社会的なつながりを回復・維持することを自立に含めています。
今後は高齢単身者の住居確保、認知機能の低下への対応、医療・介護との連携、孤立防止がさらに重要になります。現金を支給するだけでなく、生活を継続するためのケースワークが制度の実効性を左右します。
不正受給は制度を揺るがすほど多いのか?
不正受給には厳正な対応が必要だが、一部の事例を生活保護制度全体の姿として扱うと、必要な人の申請を萎縮させるおそれがあります。
生活保護の不正受給とは、収入や資産があることを意図的に隠すなど、偽りや不正な手段によって保護費を受けることです。生活保護法第78条に基づく徴収の対象となり、不正に受け取った額に加えて、一定額を上乗せして徴収される場合があります。
一方、返還が生じた事例のすべてが不正受給とは限りません。年金が過去にさかのぼって支給された場合や、収入変動を後から調整する場合などは、生活保護法第63条に基づく返還として処理されることがあります。
両者の違いは、次のように整理できます。
- 第63条の返還は、後から資力が判明した場合などの費用調整
- 第78条の徴収は、不実の申請や意図的な収入隠しなどへの措置
- どちらを適用するかは、本人の認識、病状、家庭環境なども踏まえて判断
厚生労働省の2022年の社会保障審議会資料では、不正受給の件数と金額は当時、数年間にわたって減少傾向にあると説明されました。少なくとも、不正受給が際限なく増え続けていると断定できる状況ではありません。
不正対策と申請抑制は分けて考える
不正受給は税金への信頼を損なうため、収入申告の確認や自治体間の情報連携を進める必要があります。しかし、審査を厳しくすることと、申請そのものをためらわせることは同じではありません。
受給中の適正な確認は行政の責任ですが、窓口で申請意思を弱めたり、法的要件ではない条件を先に求めたりすれば、本来利用できる人まで排除されます。不正対策の強化が制度への入口を狭める方向へ働かないよう、両者を分けて設計する必要があります。
不正受給だけを繰り返し強調すると、生活保護全体に否定的な印象が生まれます。その結果、「自分も不正を疑われるのではないか」「周囲に知られたくない」と感じる人が申請を避ければ、最後のセーフティネットとしての機能は弱まります。
生活保護の捕捉率はどの程度なのか?
生活保護の捕捉率を示す新しい公的な定期統計はなく、古い推計値を現在の受給状況として引用することは適切ではありません。
捕捉率とは、生活保護を受ける要件を満たす人や世帯のうち、実際に制度を利用している割合を指します。数字が低ければ、本来保護される可能性のある人が制度につながっていないことになります。
ところが、受給資格は所得だけでは決まりません。預貯金、不動産、自動車などの資産、世帯構成、家賃、年齢、障害や疾病、ほかの社会保障給付などを個別に確認する必要があります。
さらに、統計上の低所得世帯と、生活保護法上の要保護世帯は同じではありません。調査では資産の換金可能額や個別事情を完全に把握できないため、全国の捕捉率を一つの数字で正確に示すことは難しいのです。
15.3%や32.1%は現在の捕捉率ではない
厚生労働省の2010年のナショナルミニマム研究会資料では、2007年の国民生活基礎調査を特別集計し、生活保護基準未満の低所得世帯数に対する被保護世帯数の割合を推計しました。所得だけを考慮した場合は15.3%、一定の金融資産要件も考慮した場合は32.1%でした。
ただし、厚生労働省自身が、この数値は申請意思がありながら受給できなかった世帯の割合、いわゆる漏給率を示すものではないと注意しています。不動産や自動車などの資産、扶養の可能性、稼働能力を十分に把握できず、調査データの違いでも結果が大きく変わるためです。
しかも、基になった調査は約20年前の所得状況を対象としています。現在の物価、世帯構成、雇用環境、生活保護基準を反映した数字ではなく、「日本の捕捉率は現在も15.3%である」と書くのは不正確です。
それでも、この推計は重要な問題を示しています。捕捉率の正確な現在値は分からなくても、最低生活を下回る可能性がある世帯と実際の受給世帯との間に差が生じ得ることは、制度評価から外せません。
なぜ必要な人が生活保護を申請できないのか?
制度につながらない主な壁は、知識不足、偏見、扶養照会への不安、窓口へ行く負担、生活保護を受けることへの罪悪感です。
生活保護は原則として申請に基づいて始まります。そのため、困窮している人が制度を知らない、相談先へ行けない、申請したくないと感じた時点で、支援から外れる可能性があります。
特に、生活保護を「他人に迷惑をかける行為」「働かない人のための制度」と見る社会的な偏見は大きな障壁です。家族や近所に知られることへの不安、過去の窓口対応への不信、精神状態の悪化などが重なると、自分だけで申請手続きを進めることは難しくなります。
厚生労働省は、生活保護について次の点を明示しています。
- 必要な書類がすべてそろっていなくても申請できる
- 住む場所がない人でも申請できる
- 親族へ先に相談していなくても申請できる
- 施設への入所に同意することは申請の条件ではない
これらは例外的な配慮ではなく、制度の入口に関する基本事項です。それにもかかわらず誤解が残るのであれば、窓口に来た人へ説明するだけではなく、行政側から情報を届ける必要があります。
必要なのは「不正を防ぎ、未利用も防ぐ」運営
制度改善では、不正受給の発見件数だけでなく、申請を断念した人や相談後に途切れた人を把握する視点が必要です。適正な支給と、必要な人への確実な支給は、どちらか一方を選ぶ関係ではありません。
今後の改善点は、次のように整理できます。
- 全国的に比較できる捕捉率の推計方法を継続的に検討する
- 福祉事務所の相談と申請を明確に区別し、申請意思を確実に確認する
- 高齢者や障害者には訪問型の相談支援を広げる
- 扶養照会が不要な事情を丁寧に確認し、機械的な運用を避ける
- ケースワーカーの負担を減らし、生活再建を支える時間を確保する
生活保護の成否は、給付額だけでは決まりません。困窮を早く発見し、住居や医療を失う前に支援へつなぎ、その後の生活を継続して支えられるかが重要です。
まとめ
生活保護制度は約197万人の生活を現実に支えている一方、必要な人へどの程度届いているのかを十分に測れておらず、最後のセーフティネットとしては改善の余地があります。
2026年5月の受給者数と世帯数は前年同月より減少しましたが、単月の増減だけで困窮が改善したとは判断できません。受給世帯の半数以上を高齢者世帯が占める現在、制度は失業対策だけでなく、高齢単身者の生活、住居、医療、孤立を支える基盤になっています。
不正受給には厳正な対応が必要ですが、一部の不正を制度全体の象徴にすべきではありません。不正を防ぐことと、本来受給できる人の未利用を防ぐことは、同じ適正運営の両輪です。
生活保護が本当に機能しているかを測る基準は、受給者をどれだけ減らしたかではありません。困窮した人が住まいや健康を失う前に制度へたどり着き、再び安定した生活を送れるようになったかで評価すべきです。
主な参考資料
本文の制度説明と数値は、以下の法律、公的統計、厚生労働省資料に基づいています。捕捉率については推計の限界を踏まえ、古い数値を現在値として使用していません。
- 生活保護法(昭和25年法律第144号)
- 厚生労働省『被保護者調査(令和8年5月分概数)』2026年8月公表
- 厚生労働省『被保護者調査(令和8年4月分概数)』2026年7月公表
- 厚生労働省『生活保護制度』
- 厚生労働省『生活保護を申請したい方へ』
- 厚生労働省「第8回ナショナルミニマム研究会」資料3-1『生活保護基準未満の低所得世帯数の推計について』2010年
- 厚生労働省「第18回社会保障審議会生活困窮者自立支援及び生活保護部会」資料・議事録、2022年
- 厚生労働省『令和7年版厚生労働白書』2025年
