“増税国家ニッポン”を問う 第6回

政府は自国通貨を発行できるのに、なぜ税金や国債で財源を確保する必要があるのでしょうか。結論からいえば、日本には円建て支出を行う能力がありますが、通貨発行は無制限に使える財源ではありません。本記事では、MMTの主張、国債と通貨の仕組み、日銀の国債買入れ、インフレや円安という現実の制約を解説します。

通貨発行は直ちに禁じ手というわけではない

自国通貨を発行する政府には高い資金調達能力がありますが、発行できる金額と安全に支出できる金額は同じではありません。

日本政府は家計や企業のように、手元の円がなくなった瞬間に支払い不能になる存在ではありません。政府は国債を発行し、銀行や投資家から円を調達でき、中央銀行である日本銀行は金融政策を通じて通貨を供給できます。

ただし、政府が必要とする円を際限なく作ればよいという意味ではありません。支出が国内の生産能力を超えれば、商品や人材の不足を通じて物価が上がり、円の購買力が低下します。

通貨発行を考える際には、次の三つを分ける必要があります。

  • 政府が国債を発行して市場から資金を調達する
  • 日本銀行が市場から既発国債を買い入れる
  • 日本銀行が新規国債を政府から直接引き受ける

これらは同じ「国債とお金」の話に見えますが、法的な位置付けも政策目的も異なります。特に議論が混乱しやすいのが、日銀の国債買入れと政府への直接融資の違いです。

MMTは何を主張する理論なのか?

現代貨幣理論(MMT)は、自国通貨を発行する政府の財政制約は、税収や国債残高そのものではなく、インフレと実物資源にあると考える理論です。

MMTは、円やドルのような自国通貨を発行し、変動相場制を採用し、外貨建て債務に依存しない政府は、自国通貨建ての支払いで通常の企業のように資金不足へ陥らないと説明します。

政府支出によって民間部門へ通貨が供給され、課税によって通貨が回収されるという見方もMMTの特徴です。政府の赤字は、会計上は民間部門の金融資産の増加に対応すると捉えます。

MMTは「借金は無限にできる」とは主張していない

MMTの中心的な主張は、政府支出の上限を国債残高だけで判断するべきではないというものです。労働力、設備、エネルギー、原材料などの供給余力が残っていれば、財政支出を増やせる余地があると考えます。

一方、経済が完全雇用に近づき、供給能力を超えて需要を増やせばインフレが起こります。その場合は増税、歳出削減、規制、金利政策などによって需要を抑える必要があります。

MMTの考え方を簡潔に整理すると、次のようになります。

  • 自国通貨建て国債の返済能力は家計の借金とは異なる
  • 政府赤字は民間部門へ通貨や金融資産を供給する
  • 財政支出の限界は財源不足よりインフレで判断する
  • 税金には財源調達だけでなく需要抑制の役割もある
  • 外貨不足や供給制約は通貨発行では解消できない

したがって、MMTは財政赤字を無条件に肯定する理論ではありません。財政運営の判断基準を「国にお金があるか」から「経済に使える資源があるか」へ移そうとする議論です。

政府は本当に自分でお金を発行できるのか?

日本では政府と日本銀行は別の組織であり、政府が予算不足のたびに自由に紙幣を印刷できる制度にはなっていません。

日本銀行券を発行するのは日本銀行です。また、現代の通貨供給は紙幣の印刷だけではなく、金融機関が日銀に持つ当座預金の増減を通じて行われます。

日本銀行は、マネタリーベースを流通現金と日銀当座預金の合計と定義しています。つまり「通貨発行」と聞いて想像されやすい印刷機より、電子的な預金残高の変化のほうが金融政策では重要です。

通常の財政支出は国会予算と国債発行を通じて行われる

政府が公共事業や社会保障へ支出する場合、国会で成立した予算に基づいて国庫から支払います。税収だけで支出を賄えない部分については、政府が国債を発行し、市場の金融機関や投資家から資金を調達します。

その後、日本銀行が金融政策上の必要から市場にある国債を購入することがあります。この場合、日銀は政府から新規国債を直接買うのではなく、銀行などがすでに保有している国債を市場で買い入れます。

日銀が国債を買うと、金融機関の日銀当座預金が増加します。しかし、その資金がそのまま家計の預金や消費へ同じ金額だけ流れるわけではありません。

銀行貸出は企業や家計の借入需要、信用力、将来見通しにも左右されます。このため、マネタリーベースを大きく増やしても、同じ比率で物価や賃金が上がるとは限りません。

日銀による国債の直接引受けはなぜ禁止されているのか?

日本銀行が政府の新規国債を直接引き受けることは、財政規律を失わせる危険があるため、財政法第5条で原則禁止されています。

財政法第5条は、公債を日本銀行に引き受けさせることや、国が日本銀行から直接借り入れることを原則として禁じています。例外は、特別な事情があり、国会の議決を経た金額の範囲内に限られます。

日銀は直接引受けを禁止する理由について、政府への資金供与に歯止めがかからなくなれば、財政節度が失われ、悪性インフレや通貨への信頼低下を招くおそれがあると説明しています。

市場買入れと直接引受けは何が違うのか?

市場買入れでは、政府はまず国債を市場で発行し、投資家による評価を受けます。金利上昇や入札不調の可能性があるため、政府には一定の市場規律が働きます。

直接引受けでは、発行した国債を中央銀行が最初から引き受けるため、政府は市場で資金を集める必要がありません。政策決定者が支出拡大を続けても、中央銀行が通貨を供給すれば形式上は支払いを続けられます。

両者の違いは、次のように整理できます。

  • 市場買入れは金融政策として既発国債を購入する
  • 直接引受けは中央銀行が政府へ直接資金を供給する
  • 市場買入れには国債市場と金利形成が残る
  • 直接引受けは財政と金融の境界を弱める
  • どちらも規模が過大になれば物価や市場へ影響する

なお、日銀が保有する国債の満期時に、国会の議決を経た範囲で借換債へ乗り換える「日銀乗換」は例外的に認められています。財務省も、これは財政法第5条ただし書きに基づく例外であると説明しています。

日本の金融緩和は事実上の財政ファイナンスなのか?

日銀の大規模な国債買入れは政府の資金調達を間接的に支えましたが、制度上は物価安定を目的とした金融政策であり、直接引受けとは区別されます。

日銀が国債を大量に購入すれば、市場に流通する国債が減り、国債価格を支えて金利を低く抑える方向に働きます。政府にとっては低い金利で国債を発行しやすくなり、利払い費の急増を避けられます。

その意味では、金融緩和が財政運営を支えたことは否定できません。政府の赤字拡大と日銀の国債買入れが同時に続けば、外見上は中央銀行が財政赤字を埋めているように見えます。

一方、日銀は市場から国債を購入しており、政府の予算を直接決めているわけではありません。金融政策の判断は日銀政策委員会が行い、国債発行は政府と国会の責任で行われます。

問題は形式より出口と信認にある

市場買入れか直接引受けかという法的な違いは重要ですが、それだけで安全性が決まるわけではありません。市場が日銀の独立性を疑い、政府債務を恒常的に支えるための買入れだと判断すれば、円や国債への信頼に影響します。

反対に、深刻な不況や金融危機の際には、中央銀行の国債買入れが金利上昇を抑え、経済を支えることがあります。金融と財政の連携そのものが悪いのではなく、目的、規模、期間、終了条件が明確かどうかが重要です。

通貨発行の本当の限界はインフレだけなのか?

通貨発行の最も分かりやすい制約はインフレですが、円安、輸入物価、金利、資産価格、政策への信頼も重要な限界になります。

国内に失業者や遊休設備が多いときは、政府支出を増やしても供給が対応しやすく、直ちに大幅な物価上昇が起きるとは限りません。景気後退時の財政出動が正当化されるのは、この供給余力が存在するためです。

しかし、日本はエネルギー、食料、原材料などの多くを海外から輸入しています。国内に働き手が残っていても、外貨で購入する資源が不足したり、円安で輸入価格が上がったりすれば、供給面からインフレが起こります。

通貨発行による財政拡大では、次の経路を監視する必要があります。

  • 需要増加による商品やサービスの値上がり
  • 人手不足による賃金とコストの上昇
  • 円安による輸入物価の上昇
  • 国債金利上昇による利払い費の増加
  • 不動産や株式など資産価格の過熱
  • 政策への不信による通貨からの資金流出

MMTも実物資源やインフレを重視しますが、実際の政策では物価上昇を事前に正確に予測することが難しいという問題があります。インフレが確認されてから増税や歳出削減を決めても、政治的な調整に時間がかかります。

MMTから学ぶべき点と警戒すべき点は何か?

MMTから学ぶべき点は財政赤字を家計の借金と同一視しないことですが、警戒すべき点は政治が適切な時期に支出を抑えられるとは限らないことです。

財政赤字を減らすこと自体が政策目的になると、不況時にも増税や歳出削減を行い、需要不足を深刻化させる危険があります。将来の生産力を高める教育、研究開発、防災、インフラ更新まで一律に削るのも合理的ではありません。

また、国債残高が増えたからといって、自国通貨建て債務が直ちに返済不能になるわけでもありません。支出によって何が作られ、生産能力や国民生活がどう変わったかを見る必要があります。

一方で、財政支出には必ず受益者が生まれます。景気が回復しても補助金や公共事業を削減できず、選挙を恐れて増税もできなければ、需要超過を止める仕組みは働きません。

MMTを政策へ生かすには、少なくとも次の条件が必要です。

  • 支出前に人材や設備の供給余力を検証する
  • 物価上昇時の縮小条件をあらかじめ決める
  • 一時的支出と恒久的支出を分ける
  • 輸入依存度と円相場への影響を確認する
  • 支出の効果を検証し、不要な制度を終了する

問われるのは、通貨を発行できるかどうかではなく、政治がその能力を自制的かつ効果的に使えるかどうかです。理論上の支払い能力と、民主政治における財政管理能力は分けて考える必要があります。

まとめ

通貨発行は、それ自体が禁じ手なのではありません。自国通貨を発行する政府には財政赤字を通じて経済を支える能力があり、不況や災害時にはその能力を活用する必要があります。

MMTが示した重要な視点は、政府の財政を家計簿と同じように考えるべきではなく、本当の制約は労働力、設備、資源、インフレにあるという点です。税収の不足だけを理由に、必要な政策を最初から断念する必要はありません。

ただし、通貨発行によって実物資源を生み出すことはできません。人手、エネルギー、食料、住宅などの供給が増えないまま支出だけを増やせば、物価上昇や円安を通じて国民の負担が増えます。

日銀による国債の直接引受けが原則禁止されているのは、財政と金融の境界を保ち、政治による際限のない通貨発行を防ぐためです。市場からの国債買入れも、規模や期間によっては財政との一体化を疑われるため、無条件に安全とはいえません。

必要なのは「財政赤字は悪」か「お金はいくらでも作れる」かという二者択一ではありません。どの支出が日本の供給力を高め、どの段階でインフレを抑えるのかを、数字と具体策で示すことが財政議論の本質です。