ペットと一緒に旅行できる地域は、地方観光の新たな市場になるのでしょうか。結論からいえば、一定の需要は見込めますが、宿泊施設を増やすだけでは成功しません。本記事では、地域経済への効果、必要な受け入れ環境、住民生活や自然環境との両立策を解説します。

ペット連れ観光は地方の新市場になり得るのか?

ペット連れ観光は大規模な観光市場を置き換えるものではないものの、地域の特色と組み合わせれば継続性のある新市場になり得ます。

ペット連れ観光とは、飼い主が犬や猫などのペットを伴い、宿泊、飲食、散策、体験活動を楽しむ旅行を指します。実際には移動や屋外活動に適応しやすい犬との旅行が中心であり、「ドッグツーリズム」と呼ばれることもあります。

一般社団法人ペットフード協会の「2025年全国犬猫飼育実態調査」では、国内の飼育頭数は犬が約682万頭、猫が約885万頭と推計されています。ただし、これは飼育頭数の推計であり、ペット連れ旅行の市場規模を直接示す数字ではありません。

一方、観光庁の「旅行・観光消費動向調査」2025年年間値によると、日本人の国内旅行消費額は26兆7,845億円でした。ペット連れ旅行だけを切り出した公的な全国統計は確認できませんが、巨大な国内旅行市場の一部に、明確な制約を抱えた旅行者層が存在すると考えられます。

この市場の特徴は、ペットを預けて旅行するのではなく、「一緒に過ごせる場所」を目的地の選定条件にする点です。受け入れ施設が少ないからこそ、安心して滞在できる地域が見つかれば、目的地として選ばれる可能性があります。

なぜ地方とペット連れ観光は相性がよいのか?

地方には自然、広い屋外空間、自動車で移動しやすい環境があり、ペット連れ旅行の不便を解消しやすい条件があります。

都市部では、公共交通機関、飲食店、集合住宅、混雑した歩道など、ペット連れで行動できる範囲が限られます。地方では、湖畔や高原、海岸、里山といった自然環境を生かし、散策そのものを観光体験として提供できます。

特に自動車で訪れる旅行者であれば、ケージやペット用品を運びやすく、公共交通機関の利用条件にも左右されにくくなります。都市部から数時間で到達できる地域は、週末の短期旅行や季節ごとの再訪先になりやすいでしょう。

地域内の複数業種に消費が広がる

ペット連れ旅行による消費は、宿泊料金だけに限られません。受け入れ環境が地域内でつながれば、次のような事業に波及する可能性があります。

  • ペット同伴客室や貸別荘、キャンプ場
  • テラス席のある飲食店やカフェ
  • ドッグラン、散策ツアー、写真撮影などの体験
  • ペット用品、地域産食材を使った商品の販売
  • トリミング、一時預かり、動物病院などのサービス

ただし、一つの宿だけがペットを受け入れても、食事や散策のできる場所が周囲になければ、旅行者は長く滞在できません。地域全体で「泊まる・食べる・遊ぶ・移動する」をつなぐことが、経済効果を生む条件になります。

有名観光地でなくても選ばれる余地がある

ペット連れの旅行者は、知名度だけで目的地を決めるとは限りません。宿泊できるか、安心して散歩できるか、周囲に迷惑をかけず食事ができるかという、実用的な条件が重要になります。

そのため、通常の観光競争では目立ちにくい地域でも、受け入れ情報を整理することで選択肢に入る可能性があります。混雑の少ない農村や高原、海辺の町にとっては、地域の静けさそのものが価値になります。

どのような受け入れ環境が必要なのか?

必要なのは単なる「ペット可」の表示ではなく、旅行前に利用条件と地域内の行動経路を確認できる仕組みです。

「ペット可」と書かれていても、客室だけ利用できるのか、食事場所にも同伴できるのか、小型犬に限られるのかは施設ごとに異なります。条件が曖昧なままでは、現地で利用を断られ、旅行者と事業者の双方に不満が残ります。

共通表示で利用条件を分かりやすくする

地域の観光サイトや地図では、施設名だけでなく、少なくとも次の項目を共通形式で示す必要があります。

  • 同伴できる動物の種類、大きさ、頭数
  • 利用できる場所と立ち入りできない場所
  • リード、キャリー、マナーパンツなどの条件
  • 狂犬病予防注射や混合ワクチンに関する施設独自の確認事項
  • 追加料金、清掃費、破損時の取り扱い
  • 鳴き声や排泄への対応、緊急時の連絡先

条件を細かく示すことは、歓迎の度合いを下げる行為ではありません。旅行者が自分のペットに合う施設を事前に選べるため、現場のトラブルを減らす効果があります。

宿泊施設以外の整備が滞在時間を左右する

宿泊施設には、滑りにくい床、足洗い場、排泄物用のごみ箱、脱走防止設備、一般客と距離を取れる客室配置などが求められます。一方、飲食店では、厨房への立ち入り防止、座席の区分、清掃方法、食器の区別を明確にする必要があります。

さらに、日陰のある休憩場所、給水設備、動物病院、ペット同伴可能な移動手段なども重要です。悪天候の日に利用できる施設がまったくなければ、旅行者は宿泊先から動けず、地域内の消費も広がりません。

なお、身体障害者補助犬は一般のペットとは法的な扱いが異なります。厚生労働省は、飲食店や宿泊施設などに対し、身体障害者補助犬法に基づく受け入れを案内しており、通常のペット利用規則と混同してはいけません。

住民生活との間で何が問題になるのか?

ペット連れ観光を持続させるには、犬が苦手な人やアレルギーのある人を含め、地域で生活する側の安心を先に確保する必要があります。

観光客にとってペットは家族でも、すべての住民が動物を好むわけではありません。鳴き声、におい、抜け毛、排泄物、リードを外した犬との接触は、生活環境を損なう問題になり得ます。

環境省も、動物愛護管理法における飼い主の責任として、動物が人に危害や迷惑を及ぼさないよう努めることを示しています。公共の場所を糞尿などで汚さないことや、鳴き声による迷惑を防ぐことも、飼い主側の基本的な責任です。

観光客のマナーだけに頼らない

問題が起きるたびに「飼い主のマナー」を求めるだけでは、住民と旅行者の対立が深まります。自治体や観光協会、事業者は、守るべきルールを共通化し、違反時の対応まで決めておく必要があります。

具体的には、次のような仕組みが考えられます。

  • 住宅地ではリードを短く持ち、夜間の散歩ルートを分ける
  • 排泄物の持ち帰りと尿を流す方法を案内する
  • 公園や飲食スペースを同伴可能区域と非同伴区域に分ける
  • 鳴き続ける場合や攻撃行動がある場合の退出基準を設ける
  • 苦情を個々の店舗ではなく地域の窓口で受け付ける

大切なのは、ペット連れ客を無条件に優先することではありません。住民、ペットを連れていない旅行者、飼い主の三者が、同じ空間を無理なく使えるように設計することです。

交通面でも配慮が必要です。路上駐車や送迎車の集中が住宅地の負担にならないよう、駐車場、乗降場所、散策ルートを観光計画の段階で整理しておく必要があります。

自然環境とペット自身の安全をどう守るのか?

自然を観光資源にする地域ほど、野生動物、生態系、暑さや寒さへの影響を慎重に考えなければなりません。

国立・国定公園では、リードを付けたペットの持ち込みが全国一律で罰則対象になるわけではありません。ただし、環境省は、他の利用者や野生動物への配慮から、地域によってペットの持ち込み自粛を求めている場合があると説明しています。

犬が野生動物を追う、植物の生育場所へ入る、排泄物を残すといった行動は、自然環境への負荷になります。地域側は「自然が広いから自由に遊ばせられる」と宣伝するのではなく、立ち入り可能区域と保護区域を明示すべきです。

ペットの負担を見落としてはいけない

観光振興を優先するあまり、動物の健康や習性を無視することも避けなければなりません。長時間の移動、真夏の路面、慣れない人混みや音は、ペットに強い負担を与える場合があります。

受け入れ地域には、次のような動物福祉の視点も必要です。

  • 夏季の路面温度や熱中症への注意を発信する
  • 日陰、給水、休息場所を確保する
  • ペットを車内に残さないよう周知する
  • 夜間や休日に対応できる動物病院を案内する
  • 災害や交通障害が起きた場合の避難方法を示す

ペット連れ観光は、動物を集客の道具として扱う事業ではありません。ペット自身が安全に過ごせることまで含めて、初めて責任ある観光商品になります。

先行地域から何を学べるのか?

軽井沢や八ヶ岳の取り組みが示すのは、個別施設の「ペット可」より、地域を横断する情報と共通ルールが重要だということです。

軽井沢観光協会は、ドッグツーリズムについて、犬を飼っている人だけでなく、犬を飼っていない人、犬が好きな人、苦手な人も互いに理解できる風土を目指すとしています。ここでは集客だけでなく、異なる立場の共生が取り組みの前提に置かれています。(karuizawa-kankokyokai.jp)

八ヶ岳地域では、長野県の公式地域ブログが2013年、周辺9市町村の79施設が参加する「八ヶ岳ペットツーリズム協議会」の始動を紹介しました。行政区域を越え、宿泊、飲食、観光施設が広域で連携した点に特徴があります。

これらの事例から、地域が最初に取り組むべきことは、豪華な専用施設の建設ではないと分かります。既存の宿、飲食店、公園、交通、医療を調査し、利用条件を共通の地図やウェブサイトにまとめることが出発点です。

小さく始めて地域への影響を測る

最初から地域全体を「ペット歓迎」に変える必要はありません。限定した散策ルートや季節、参加施設から実証的に始め、利用者数だけでなく、住民からの苦情や清掃負担も記録する方法が現実的です。

評価すべき項目は、次のように整理できます。

  • 宿泊、飲食、体験への消費の広がり
  • 再訪者や連泊者の動向
  • 事業者の清掃時間や設備投資の負担
  • 鳴き声、排泄物、交通に関する苦情
  • 事故、逸走、動物の体調不良の発生状況

来訪者が増えたかだけで判断すると、住民や現場の負担が見えなくなります。経済効果と生活環境の両方を測り、受け入れ人数や区域を調整することが、長期的な地域ブランドにつながります。

まとめ

ペット連れ観光を地方の新市場に育てる鍵は、集客施設の多さではなく、地域全体の受け入れ設計と住民生活との両立にあります。

地方には、自然、広い空間、自動車での移動といった強みがあります。宿泊、飲食、散策、体験、医療を一つの旅行動線として結べば、有名観光地でなくても目的地として選ばれる可能性があります。

一方で、鳴き声、排泄物、アレルギー、交通、生態系への影響を放置すれば、住民の反発によって事業は続きません。「ペットに優しい地域」とは、どこへでも自由に入れる地域ではなく、利用できる場所と守るべきルールが分かりやすい地域です。

飼い主だけでなく、動物が苦手な人、一般の旅行者、地域住民、そしてペット自身にも無理がないこと。その均衡を保てる地域が、ペット連れ観光を一時的な流行ではなく、持続可能な地方観光へ育てられるでしょう。