2026年7月24日、いわゆる「副首都法」が成立しました。首都機能の分散は必要ですが、特定の都市を前提とした制度になっていないか、またエネルギー安全保障などの課題が迫る今、なぜ成立を急いだのかという疑問も残ります。本記事では、法律の内容と意義、制度上の問題点、本当に必要な国家機能分散のあり方を考えます。
副首都法とは何を定めた法律なのか?
副首都法は、大規模災害などが発生しても国家と社会の機能を継続できるよう、東京以外の地域に首都中枢機能を代替する体制を整える法律です。
法律の正式名称は、「国家社会機能継続性確保施策及び副首都の整備に係る施策の推進に関する法律」です。法案は2026年6月24日に議員立法として提出され、衆議院で修正された後、7月24日の参議院本会議で可決されました。
法律が掲げる目的は、大規模災害などが発生しても、政治、行政、司法、経済をはじめとする国家社会機能を継続できる国土を形成することです。東京一極集中を是正し、複数の地域に経済機能を分散する方向性も盛り込まれています。
法律では、首都機能を代替する仕組みを一つの都市だけに限定していません。主な内容は次の通りです。
- 首都中枢機能の一部を一定期間代替する地域の整備
- 首都中枢機能の全部または大部分を代替する「副首都」の指定
- 交通、通信、データ基盤などの多重化と代替性の確保
- 国、自治体、民間事業者の業務継続体制の強化
- 副首都を中心とした多極分散型経済圏の形成
副首都は、単なる地方振興の拠点ではありません。国会、行政、司法などの中枢機能が東京で停止した場合にも、日本という国家を動かし続けるためのバックアップ体制です。
首都機能の分散が必要である理由
東京に国家中枢機能が集中したままでは、首都直下地震などによって行政、金融、通信、物流が同時に大きな影響を受けるおそれがあります。
現在の東京には、国会、中央省庁、最高裁判所、金融機関、主要企業の本社、報道機関などが集まっています。東京で大規模災害が発生すれば、被害は東京都内にとどまらず、全国の行政や経済活動へ波及します。
内閣府は首都直下地震の被害想定を検討するとともに、政府一体で非常時の業務を継続するための「政府業務継続計画」を定めています。首都機能の維持は、災害対策の一分野というだけでなく、日本の統治と安全保障を支える基盤です。
副首都や代替拠点の整備には、次のような効果が期待されます。
- 中央政府の意思決定機能を維持する
- 行政データや通信網の喪失を防ぐ
- 外交・治安・安全保障の指揮系統を保つ
- 企業や金融機関の事業継続を支える
- 東京への人口と経済機能の集中を緩和する
したがって、副首都という発想自体を否定すべきではありません。問題は、どの地域にどの機能を置くのか、何を基準に候補地を選ぶのか、そして今この制度を成立させる理由が十分に説明されたのかという点です。
なぜ「大阪ありき」と受け取られるのか?
法律に大阪という都市名はありませんが、特別区を設置した副首都の道府県名を「都」に変更できる仕組みが盛り込まれています。
参議院が公表した法案要旨では、特別区を設ける道府県である副首都について、その名称を「都」に変更するため、大都市地域における特別区の設置に関する法律を改正するとされています。
この規定から、過去に大阪府と大阪市の再編を目指して議論された「大阪都構想」を連想する人が出るのは自然です。ただし、この法律によって大阪府が直ちに大阪都へ変わるわけでも、大阪が自動的に副首都へ指定されるわけでもありません。
それでも、国家機能の継続を目的とする法律に、道府県の名称を「都」に変更する制度まで盛り込んだことで、特定の地域構想を想定した法律ではないかという疑問が生じます。
副首都に必要なのは、名称を「府」から「都」へ変えることではありません。東京が機能不全となった直後から、政府の意思決定、行政、通信、外交、安全保障、金融決済を継続できる実務能力です。
候補地を選ぶ際には、少なくとも次の項目を評価する必要があります。
- 東京との同時被災可能性
- 地震、津波、洪水、火山などの複合災害リスク
- 電力、燃料、水、通信の自立性
- 国会議員や国家公務員が移動できる交通網
- 自衛隊、警察、消防、医療との連携
- 政府データと通信設備の安全性
- 長期間にわたる行政運営能力
都市の知名度や経済規模だけで副首都を決めれば、国家のバックアップという本来の目的から外れてしまいます。
中東情勢が緊迫する今、政策の優先順位は正しいのか?
日本の国家機能を継続するためには、首都機能の代替拠点だけでなく、電力と燃料を安定的に確保する仕組みが欠かせません。
資源エネルギー庁によると、2024年度の日本のエネルギー自給率は16.4%で、原油輸入の中東依存度は約95.1%です。LNGや石炭は原油より調達先が分散していますが、日本のエネルギー供給が海外情勢の影響を受けやすい構造に変わりはありません。
ホルムズ海峡や紅海などの海上輸送に重大な支障が生じれば、影響はガソリン価格だけでは済みません。発電、物流、製造業、農業、航空、船舶、医療、化学製品など、国民生活と経済活動の広い範囲に及びます。
中東依存を抑えるためには、単一の法律ではなく、複数の政策を国家安全保障の観点から組み合わせる必要があります。
- 原油やLNGの調達先の多角化
- 石油・ガス備蓄制度の強化
- 原子力発電所の安全確認と活用
- 再生可能エネルギーと蓄電設備の整備
- 送電網と地域分散型電源の強化
- 国内資源や合成燃料などの技術開発
- 有事における燃料配分計画の整備
副首都の整備も重要ですが、エネルギーが供給されなければ、代替庁舎、通信設備、交通機関、データセンターは動きません。国家機能の継続を掲げるなら、副首都政策とエネルギー安全保障を一体的に進める必要があります。
問題は、副首都法とエネルギー政策のどちらか一方だけを選ぶことではありません。国民に対して、差し迫った複数の危機をどのような順序と工程で解決するのかを示すことです。
副首都は一都市に絞る必要があるのか?
国家機能のバックアップは、一つの巨大都市へ集約するよりも、役割の異なる複数地域へ分散した方が安全です。
東京一極集中を是正するために、別の都市へ中枢機能を丸ごと移せば、そこに第二の一極集中が生まれます。その都市が大規模災害や武力攻撃などで機能を失えば、東京と同じ問題を繰り返すことになりかねません。
現実的なのは、国家機能を役割ごとに分散する考え方です。政治・行政、危機管理、政府データ、経済・金融などを異なる地理的条件を持つ地域へ配置すれば、一つの地域が被災しても、ほかの地域が機能を補完できます。
分散の対象となる主な機能には、次のようなものがあります。
- 内閣と各省庁の代替執務機能
- 国会の代替議場
- 政府データセンター
- 外交団を受け入れる施設
- 金融決済や中央銀行業務の代替機能
- 防災・治安・安全保障の指揮機能
副首都法も、一つの副首都だけでなく、首都中枢機能の一部を代替する地域を想定しています。重要なのは、一都市に新たな中枢機能を集中させることではなく、それぞれの地域の特性を生かし、非常時にも国家の統治機能を維持できるネットワークをつくることです。
候補地については、大阪に限定せず、全国の地域を同じ基準で比較すべきです。例えば京都、岡山、名古屋、北陸、北関東なども含め、災害リスク、交通網、電力・通信インフラ、地理的条件を検証し、それぞれに適した役割を検討する必要があります。
ここで重要なのは、特定の候補地が絶対に安全だと決めつけないことです。過去の地震記録や都市の印象だけではなく、将来の被害想定、インフラの自立性、他地域との同時被災可能性を総合的に判断しなければなりません。
候補地の比較が見えないまま制度を先行させてよいのか?
副首都法の最大の論点は、首都機能分散の必要性ではなく、候補地を選ぶ基準や政策の優先順位が国民に十分見えないまま、制度の枠組みが先に成立したことです。
副首都は、一つの自治体の名称や地位を変えるための制度ではありません。数十年先の日本の統治構造と危機対応能力を左右する、国家百年の計に関わる政策です。
本来であれば、全国の候補地域を同じ基準で比較し、災害、交通、電力、通信、安全保障、必要経費などを示した上で議論を深めるべきです。大阪が有力候補の一つであるとしても、ほかの地域と比べて何が優れ、どのような弱点があるのかを明らかにしなければなりません。
少なくとも、次の点は国民に示される必要があります。
- 副首都を必要とする具体的な危機想定
- 候補地を選定する客観的な基準
- 分散・移転する国家機能の範囲
- 必要となる施設と整備費
- 東京との同時被災可能性の評価方法
- 電力、燃料、通信の自立性を確保する方法
- 自治体制度の変更と首都機能代替を結び付けた理由
- 整備までの工程と国民負担
国民が求めているのは、都市間の肩書争いではありません。東京が機能を失っても、日本という国家を止めないための具体性と実効性を備えた国家機能継続計画です。
まとめ
副首都法は、大規模災害などが発生した際の首都機能代替と、東京一極集中の是正を目的とする点で必要性のある法律です。国家中枢機能を東京だけに依存する現在の体制には、明らかなリスクがあります。
一方で、特別区を設けた副首都の道府県名を「都」に変更できる仕組みが含まれたことで、「大阪ありき」の制度ではないかという疑問が残ります。副首都に必要なのは名称ではなく、非常時にも国家を動かせる実務能力です。
また、中東への原油依存が続く日本では、エネルギー供給の強靱化も国家機能継続の前提となります。電力や燃料がなければ、首都機能の代替施設を整備しても政府、通信、交通、金融を維持できません。
副首都を考える基準は、「どの都市を格上げするか」ではなく、「どのような危機が起きても日本を継続できるか」であるべきです。一都市ありきの議論を離れ、複数地域への機能分散、エネルギーの自立性、客観的な候補地比較を含む国家全体の継続計画として制度を具体化する必要があります。
主な参考資料
- 衆議院「国家社会機能継続性確保施策及び副首都の整備に係る施策の推進に関する法律案」
- 衆議院「第221回国会における同法律案の審議経過」
- 参議院「同法律案の議案要旨」
- 参議院「第221回国会本会議投票結果」
- 内閣府「政府業務継続計画(首都直下地震対策)」
- 内閣府「首都直下地震の被害想定と対策について」
- 資源エネルギー庁「日本のエネルギー2025」
- 資源エネルギー庁「2025―日本が抱えているエネルギー問題」
