日本経済に直撃した通商交渉の落とし穴

2025年8月1日、米国は日本製の自動車・鉄鋼・アルミなどに対し、新たな関税措置を発動した。最終的に関税率は15%にとどまり、当初懸念されていた25%や27.5%の水準は回避されたものの、この結果をもたらした交渉プロセスに深刻な問題が潜んでいた。

それは、交渉結果を裏付ける正式文書が存在しないという、外交実務では考えられない失策だ。
しかもこの交渉を主導したのは、日本政府の最高関税交渉責任者である赤沢亮正経済再生担当大臣だった。つまり、文書を作らなかった責任は赤沢氏自身に直結する。

今回の事態は、単なる手続き上のミスではない。国益を損ない、今後の通商戦略に長期的な悪影響を与えかねない危険な前例を作ったのである。

赤沢大臣は確かに「交渉の当事者」だった

一部では「赤沢氏は会談に同席しただけ」との見方もあったが、複数の海外・国内報道はこれを否定している。

  • 米商務長官ハワード・ラトニック氏や財務長官スコット・ベッセント氏と直接協議
  • ワシントンでの滞在を延長して交渉を継続
  • 米国側からは「日本のチーフ・トレード・ネゴシエーター(最高関税交渉責任者)」と紹介

これらは、赤沢氏が交渉当事者として米側と条件を詰めていたことを明確に示している。
したがって、「交渉結果を文書化しない」という判断は、外務・経産両省の実務者任せではなく、赤沢氏の指揮のもとで行われた可能性が高い。

交渉の成果──15%関税とスタッキング回避

成果として政府が強調するのは以下の2点だ。

  1. 関税率の引き下げ
    自動車:27.5% → 15%
    鉄鋼・アルミなど:25% → 15%
    当初の高率関税を回避できたことは、短期的には朗報といえる。
  2. スタッキング(二重課税)の回避
    米国は新関税を既存関税に上乗せする形で適用する案を提示していたが、日本側の抗議で「単一の15%に統一」され、過剰徴収分は返金することで合意。

しかし、これらはいずれも口頭合意ベースであり、正式な署名や共同声明は存在しない。このため、米国内の政権や議会の動向次第で容易に覆されるリスクをはらむ。

なぜ文書を作らなかったのか

外交交渉で文書を残さない理由は、歴史的にも極めて稀だ。
今回想定される理由は以下の通りだが、いずれも正当化しうるものではない。

  1. 情報漏洩の懸念
    交渉内容が国内外に流出し、政治的に不利になるのを恐れた。
  2. スピード重視
    参院選後の支持率や政治的アピールを優先し、文書化に必要な事務作業を省略した。
  3. トップ交渉依存
    官僚レベルの実務交渉を軽視し、首脳・閣僚同士の「口約束」で進めた。

しかし、これらはいずれも外交の基礎である「記録と証拠」を犠牲にしており、長期的には国益を損なう危険な賭けである。

文書なし交渉のリスク

1. 米側の解釈で条件が変わる

正式文書がなければ、米側が後に「そんな約束はしていない」と主張しても反論の根拠が弱い。

2. 国内説明が困難

国会や国民への説明責任を果たせず、不透明な外交という批判を招く。

3. 他国交渉への悪影響

今回の前例が、中国やEUとの交渉で「日本は口約束でも動く国」という印象を与え、交渉力を低下させる。

国益損失はすでに始まっている

製造業のコスト増

15%とはいえ関税は企業の価格競争力を削ぎ、特に中小の輸出業者には深刻な打撃となる。

投資計画の遅延

米国向け輸出が減少する可能性を踏まえ、設備投資を延期・縮小する動きが出ている。

国際的信頼の低下

「記録を残さない国」というレッテルは、今後の通商・安全保障交渉にも影を落とす。

ピストン赤沢の政治的影響

赤沢氏は、交渉過程で米商務長官を「ラトちゃん」と呼び、SNSに写真を投稿するなど、親しみやすいキャラクターを演出した。しかしその裏で、外交記録の欠落という重大なミスを犯したことは否めない。

与党内からも、

「交渉当事者として文書化を怠った責任は重い」
「成果を強調するなら、その裏付けとなる文書を国会に提示すべきだ」
といった声が上がっている。

今後、野党は国会で集中追及を行う構えで、赤沢氏の政治生命にも影響する可能性がある。

何をすべきだったのか

  1. 交渉経緯と合意内容を逐次記録
  2. 署名入りの合意文書または共同声明を発表
  3. 国会での速やかな報告と説明
  4. 関係省庁と連携したフォローアップ体制

これらは外交交渉の常識であり、欠けば相手国との信頼関係も揺らぐ。

教訓を次につなげられるか

今回の関税交渉は、一見すると「高率関税を回避した成功」に見えるかもしれない。しかしその実態は、口頭合意だけで国際的な約束を成立させた極めて危うい事例だ。

赤沢大臣が交渉当事者である以上、この判断の責任は免れない。
今後、日本が同じ過ちを繰り返さないためには、「記録を残す」という当たり前の外交原則を徹底し、国民と国会への説明責任を果たす仕組みを強化する必要がある。

国益を守るためには、政治的パフォーマンスではなく、確かな証拠と透明性こそが不可欠なのだ。