日本には約900万戸もの空き家があるのに、なぜ家賃は下がらないのか。結論からいえば、余っている住宅と、実際に人が借りたい住宅の場所・品質・条件が一致していないからだ。本稿では、空き家統計の正しい読み方から都市部の需要集中、建築費上昇の影響までを解説する。
「空き家900万戸」と「借りられる家900万戸」は同じではない
空き家の総数は、そのまま賃貸市場で選べる住宅の数を示すものではない。
総務省統計局の「令和5年住宅・土地統計調査」によると、2023年10月1日時点の空き家は900万2,000戸、空き家率は13.8%だった。いずれも過去最高であり、2018年から空き家は約51万戸増えている。
ただし、統計上の空き家には、入居者を募集している賃貸住宅だけでなく、売却中の住宅、別荘などの二次的住宅、長期不在の実家、取り壊し予定の建物も含まれる。数字の大きさだけを見て「借りられる部屋が900万戸ある」と考えるのは誤りだ。
空き家は大きく、次のように分類される。
- 賃貸用の空き家
- 売却用の空き家
- 別荘などの二次的住宅
- 賃貸・売却用、二次的住宅を除く空き家
このうち最後の空き家は、2023年時点で385万6,000戸に達した。所有者が貸し出しておらず、募集情報にも載らない住宅は、そこに存在していても現在の賃貸供給にはならない。
「空室」と「市場在庫」の違い
空室とは、人が住んでいない住宅を指す。一方、賃貸市場の在庫とは、所有者が貸す意思を持ち、居住できる状態に整え、条件を提示して入居者を募集している住宅である。
実家を相続したものの家財が残っている、権利関係を整理できない、他人に貸すことに抵抗がある――。こうした住宅は統計上の空き家には数えられても、部屋を探している人の選択肢には入ってこない。
家賃上昇は全国一律ではなく、都市部で強く起きている
日本の家賃は一様に上昇しているのではなく、需要の集中する都市や利便性の高い地域ほど上昇圧力が強い。
総務省統計局の「消費者物価指数」では、2026年6月の全国の民営家賃は前年同月比0.4%上昇だった。一方、東京都区部では、東京都の同月の消費者物価指数によると民営家賃が1.6%上昇している。
つまり、「日本中の家賃が急騰している」というより、東京などの都市部や、駅に近い築浅物件を中心に値上がりが目立つと理解するほうが正確だ。既存契約を含む消費者物価指数は動きが緩やかなため、新たに募集される部屋では、入居者の体感が統計以上に強くなることもある。
住宅は余っていても、通勤できる場所は余っていない
住宅は土地から切り離して移動できない。地方や郊外に空き家が増えても、東京の職場へ通う人がその住宅を代わりに借りることは難しく、別の地域の家賃を直接押し下げる力にはなりにくい。
総務省統計局の「住民基本台帳人口移動報告」によると、東京圏では2025年も日本人移動者が転入超過となった。全国の人口が減少していても、進学や就職を契機に住宅需要が特定地域へ集まれば、その地域では部屋の競争が続く。
家賃を左右する地域条件は、主に次のとおりだ。
- 通勤・通学先までの距離
- 駅や公共交通へのアクセス
- 買い物、医療、子育て環境
- 建物の築年数、耐震性、断熱性
- 希望する間取りと世帯人数の適合
空き家が多い地域と、これらの条件を満たす住宅が不足する地域は必ずしも重ならない。日本で起きているのは単純な住宅余りではなく、「余る場所」と「足りない場所」の同時拡大である。
古い空き家が、すぐ賃貸住宅にならない理由
空き家を市場へ戻すには、所有者の意思だけでなく、改修費、法的手続き、収益性という複数の条件を満たす必要がある。
長期間使われていない住宅では、雨漏りや腐食だけでなく、給排水設備、電気配線、浴室、断熱性能などに問題がある場合がある。貸主には安全に住める状態を用意する責任があり、掃除をすれば直ちに貸せるとは限らない。
国土交通省が2019年に実施した「空き家所有者実態調査」では、対象となった空き家の取得経緯の54.6%が相続だった。また、空き家の所在地まで車や電車などで1時間を超える所有者も約3割を占めている。
相続人が複数いる、登記名義が以前の所有者のままになっている、仏壇や家財を処分できないといった問題もある。こうした事情は住宅の物理的な劣化とは別に、空き家が市場へ出るまでの時間を長くする。
改修しても採算が合わない空き家
古い住宅を貸すには、修繕費に加えて仲介、募集、管理、税金などの負担が生じる。地域の家賃相場が低ければ、費用をかけて改修しても回収できず、所有者にとっては放置するほうが当面の支出を抑えられる場合がある。
同じ調査では、売却や賃貸を考える所有者が挙げた課題として、買い手・借り手の少なさ、住宅の傷み、設備や建具の古さなどが示された。住宅が余っている地域ほど賃料を高く設定できず、再生のための投資も起こりにくいという循環が生まれる。
建築費と維持費の上昇が、都市部の家賃を押し上げる
需要のある場所で新しい賃貸住宅を供給する費用が上がれば、空き家が多くても家賃には上昇圧力がかかる。
賃貸住宅の賃料は、単純な部屋数だけで決まらない。土地の取得費、建築費、設備費、修繕費、保険料、管理費、借入金利など、住宅を供給し続けるための費用も反映される。
国土交通省の「建設工事費デフレーター」では、近年の建築工事費の上昇が確認できる。資材価格だけでなく、建設現場の人手不足や人件費の上昇も、新築や大規模改修の採算を厳しくする要因となる。
供給側で起きている変化を整理すると、次のようになる。
- 新築住宅を建てる費用が上昇する
- 古い物件の修繕・設備更新費も増える
- 採算の合わない地域では改修が見送られる
- 需要の強い地域では高い家賃でも入居者が見つかる
- 条件のよい物件と古い空き家の価格差が広がる
家賃上昇は、貸主が一方的に利益を増やしていることだけを意味しない。住宅を新設・維持する費用の上昇と、入居需要の強さが重なった結果として現れる面がある。
既存入居者の家賃と新規募集家賃はなぜ違うのか?
家賃上昇を理解するには、統計に表れる既存契約の家賃と、引っ越す人が目にする新規募集家賃を分ける必要がある。
日本の普通借家契約では、貸主が希望するだけで入居中の家賃を自由に引き上げられるわけではない。そのため市場が上向いても、既存入居者の家賃は据え置かれ、退去後の募集時に新しい相場が反映されやすい。
例えば、同じ建物でも長く住む人の契約家賃と、空いた部屋の募集家賃が異なることがある。部屋を探す人は高くなった募集物件を見る一方、統計には価格が変わっていない既存契約も含まれるため、両者の印象に差が生じる。
また、募集サイトで目立つのは、駅近、築浅、オートロック付きなど、比較的条件のよい住宅である。地方の老朽空き家が増えても、都市部の人気物件と競合しないため、その募集家賃を下げる効果は限られる。
空き家を増やさず、家賃上昇を抑えるには何が必要か?
必要なのは空き家の総数を数えるだけでなく、住める住宅を需要のある市場へ戻す仕組みを整えることである。
すべての空き家を賃貸住宅にすることは現実的ではない。立地や安全性から住宅としての再利用が難しい建物は除却し、活用可能な住宅には改修や権利整理を促すという選別が欠かせない。
政策の焦点は、次の三つに整理できる。
- 相続登記や家財整理を早め、所有者不明・意思決定不能を防ぐ
- 耐震、断熱、水回りなどの改修を支援し、貸せる住宅へ変える
- 空き家バンクや地域の不動産事業者を通じ、需要と物件を結び付ける
国土交通省も、空き家は放置期間が長くなるほど老朽化が進み、売買や賃貸が難しくなると説明している。空き家になる前から所有者と家族が処分・活用方法を決めることが、将来の市場供給を増やすうえでも重要だ。
一方、借り手側に対する住宅手当や公的住宅の確保も必要になる。空き家対策と家賃負担対策は関連しているが、前者だけで都市部の住宅不足や生活費の問題を解決できるわけではない。
まとめ
空き家900万戸と都市部の家賃上昇は矛盾ではなく、住宅の場所・品質・市場への出方が一致していない結果である。
日本全体では住宅が余っていても、働く場所に通いやすく、安全で設備の整った賃貸住宅は不足し得る。さらに、相続や権利関係、改修費、低い採算性によって、空き家の相当部分が市場に出てこない。
見るべきなのは「住宅が何戸あるか」だけではない。「どこにあり、誰が所有し、どの程度の費用で住める状態にできるか」まで確認して、初めて実際の住宅供給が分かる。
住宅余りの日本で進んでいる異変の本質は、総量不足ではなくミスマッチである。空き家対策と都市部の住宅供給、入居者の負担軽減を別々の政策にせず、同時に進める視点が求められている。
主な参考資料
- 総務省統計局「令和5年住宅・土地統計調査 住宅及び世帯に関する基本集計」(対象年:2023年、公表年:2024年)
- 総務省統計局「2020年基準 消費者物価指数 全国 2026年6月分」
- 東京都総務局統計部「東京都区部消費者物価指数 2026年6月分」
- 総務省統計局「住民基本台帳人口移動報告 2025年結果」(公表年:2026年)
- 国土交通省「空き家対策小委員会とりまとめ 参考データ集」(令和元年空き家所有者実態調査などを収録)
- 国土交通省「建設工事費デフレーター」
- 国土交通省「空き家対策特設サイト」
