なぜ若い世代は、子どもを持つ未来を描きにくくなったのでしょうか。少子化の本質は、単に子どもを望む人が減ったことではなく、結婚や出産後の生活を安定して続けられる確信を持てないことにあります。本記事では、雇用・住居・結婚・仕事と育児の両立という視点から、数字の奥にある不安を読み解きます。
出生数の減少だけでは少子化の本質は見えない
少子化の数字は結果であり、その手前には、若者が結婚や子育てを現実的な人生設計に組み込めなくなっている問題があります。
厚生労働省「令和6年人口動態統計(確定数)」によると、2024年の日本人の出生数は68万6,173人、合計特殊出生率は1.15でした。いずれも統計上の深刻さを示しますが、この数字だけでは、なぜ子どもが生まれにくくなったのかまでは分かりません。
合計特殊出生率とは、15~49歳の女性の年齢別出生率を合計した指標です。一人の女性が一生の間に産む子どもの数に相当するものとして使われますが、個人の希望や不安を直接測った数字ではありません。
少子化を考える際には、少なくとも次の三つの段階を分けて見る必要があります。
- 結婚や家族形成を希望できるか
- 希望しても実際に結婚や出産へ進めるか
- 子どもを持った後も安定した生活を続けられるか
出生数は、この長い過程を経た最終的な結果です。若者に「なぜ産まないのか」と問うだけでは、そこに至るまでの障壁を見落としてしまいます。
若者は本当に結婚や子どもを望まなくなったのか?
結婚や子どもを希望する若者は依然として多数ですが、その希望は以前より弱まり、具体的な人生計画にも結びつきにくくなっています。
国立社会保障・人口問題研究所「第16回出生動向基本調査」は、2021年に18~34歳の未婚者を対象として結婚や出産への意識を調べています。「いずれ結婚するつもり」と答えた割合は男性81.4%、女性84.3%で、多数派である一方、前回の2015年調査より男女とも低下しました。
同調査では、結婚意思のある未婚者が希望する平均子ども数も、男性1.82人、女性1.79人まで低下しています。特に女性の平均希望子ども数は、この調査で初めて2人を下回りました。
ここから見えるのは、若者が一斉に家族を否定している姿ではありません。むしろ、家族を持ちたい気持ちはあっても、それを当然に実現できるとは考えられなくなった状況です。
「望まない」と「決断できない」は異なる
子どもを持たないという選択は尊重されるべきであり、結婚や出産をすべての人に求めることはできません。ただし、価値観による積極的な選択と、生活上の制約から希望を引き下げることは分けて考える必要があります。
若者が直面している主な不確実性には、次のようなものがあります。
- 数年後の収入や雇用が安定しているか分からない
- 家族で暮らせる住居を確保できるか分からない
- 出産後も同じ仕事を続けられるか分からない
- 病気や離職が起きたときに生活を維持できるか分からない
- 夫婦のどちらかに育児負担が集中しないか分からない
一つひとつの負担には耐えられても、それらが同時に発生する未来は予測しにくいものです。この「見通しの立たなさ」が、結婚や出産を先送りさせる大きな要因になっています。
経済的不安は現在の収入額だけの問題ではない
若者が感じる経済的不安の本質は、今月の収入が少ないことだけでなく、将来の家計を継続的に設計できないことにあります。
国立社会保障・人口問題研究所の2021年調査では、予定する子どもの数が理想より少ない夫婦の52.6%が、その理由として「子育てや教育にお金がかかりすぎるから」を選びました。複数回答による調査ですが、経済的理由は最も選択率の高い項目です。
若者が考えるのは、出産時の一時的な費用だけではありません。家賃や住宅ローン、保育、教育、食費、医療、通勤など、長期にわたる支出と働き方の変化を同時に見積もろうとします。
例えば、夫婦二人なら小さな賃貸住宅と共働きで生活できても、子どもが生まれれば広さや立地の条件が変わります。保育施設への送迎を考えれば、家賃の安い郊外へ移れば解決するとも限りません。
必要なのは収入の高さより生活の予測可能性である
結婚や出産を決断しやすいのは、必ずしも現在の年収が高い人だけではありません。昇給や雇用、住居、保育サービスなどについて、数年先まで一定の見通しを持てる人です。
反対に、現在は生活できていても、契約更新や転勤、長時間労働によって将来の条件が変わる可能性が高ければ、子どもを持つ判断は慎重になります。少子化対策には、給付額だけでなく、若者が生活設計を立てられる期間の長さという視点が必要です。
仕事と育児の両立が「できる」だけでは不十分である
制度上は働き続けられても、毎日の育児を無理なく回せるかどうか分からないことが、若者の不安を強めています。
こども家庭庁「令和7年版こども白書」が引用する出生動向基本調査では、2015~2019年に第1子を出産した女性のうち、妊娠前に就業していた人に対する就業継続率は69.5%でした。以前と比べれば、出産後も働き続ける女性は増えています。
しかし、仕事を辞めなかったことと、余裕を持って子育てできていることは同じではありません。通勤、保育施設への送迎、子どもの急病、家事、職場での責任が重なれば、生活全体が常に綱渡りになる場合があります。
子育てをためらわせるのは、次のような日常的なリスクです。
- 子どもの発熱時に休める人が限られる
- 育児休業後の配置や昇進に不安が残る
- 保育時間と勤務時間が合わない
- 夫婦の勤務先や通勤方向が異なる
- 近くに頼れる親族や知人がいない
同白書は、夫の家事・育児時間が長いほど、妻の就業継続や第2子以降の出生割合が高い傾向も紹介しています。家事・育児の分担は家庭内の問題に見えますが、実際には働き方や通勤時間、職場文化とも深く結びついています。
結婚までの距離が遠くなっていることも見逃せない
日本の少子化を考えるには、出産後の支援だけでなく、その前段階にある出会い、交際、結婚までの障壁を見る必要があります。
第16回出生動向基本調査では、25歳以上の未婚者が独身でいる最大の理由として「適当な相手にまだめぐり会わない」が挙げられています。若者が結婚を拒んでいるというより、希望する相手との関係を築く機会や余裕を持てない面があります。
職場と自宅を往復する生活、長時間労働、転勤、地域に同年代が少ないことなどは、人間関係を築く時間を減らします。オンラインで出会う手段が広がっても、信頼関係を育て、生活を共にする判断まで進むには、時間と精神的な余裕が必要です。
先送りが選択肢を狭める構造がある
生活が安定してから結婚しよう、仕事に慣れてから子どもを考えようという判断は、個人にとって合理的です。しかし、安定を待つ期間が長くなれば、結婚や出産を考えられる時間は短くなります。
出生動向基本調査でも、妻の初婚年齢が高いほど、結婚当初に予定していた子ども数と最終的な出生子ども数の差が大きいことが示されています。経済的な安定を待つことと、出産に伴う時間的制約がぶつかる構造です。
なぜ子育て支援だけでは不安を解消できないのか?
子育て世帯への支援は重要ですが、結婚前や第1子を考える段階の不安に届かなければ、出生数の回復にはつながりにくくなります。
児童手当、保育サービス、教育費負担の軽減などは、すでに子どもがいる家庭を支えるうえで欠かせません。一方、まだ結婚していない人や出産を決断していない人には、制度の恩恵を具体的に想像しにくいという課題があります。
若者が必要としている安心は、次の三つの段階に分けて考えることができます。
- 結婚前:安定した雇用、住居、出会いや交流の機会
- 出産前:休業中の所得、復職、保育先に関する明確な見通し
- 出産後:長時間労働の是正、柔軟な勤務、孤立を防ぐ地域支援
重要なのは、個々の制度が存在することだけではなく、それらが切れ目なくつながっていることです。妊娠、出産、保育、復職のどこか一つで生活が立ち行かなくなるなら、若者は最初の決断そのものを避けるようになります。
少子化対策の本質は「選べる未来」を取り戻すことである
少子化対策が目指すべきなのは出産を促すことではなく、子どもを望む人が不安のために希望を諦めなくてよい社会をつくることです。
国の「こども未来戦略」は、少子化の背景として、経済的な不安定さ、出会いの機会の減少、仕事と子育ての両立の難しさ、家事・育児負担の女性への偏りを挙げています。少子化には複数の要因が重なっており、単独の給付や制度だけで解決できないことを政府自身も認識しています。
必要なのは、若い世代に精神論を求めることではありません。家族を持っても仕事や生活を失わず、予期しない出来事が起きても立て直せるという信頼を、雇用・住宅・保育・地域の仕組み全体でつくることです。
また、身近な職場や地域で、子育てをしながら無理なく暮らしている人の姿が見えることも重要です。制度の説明だけでなく、実際に生活が成り立っている事例が増えることで、若者は初めて自分の将来を具体的に想像できます。
まとめ
少子化の数字の奥にあるのは、若者の無関心ではなく、結婚や子育て後の生活を確実に描けないという不安です。
若者の多くは今も結婚を希望していますが、所得や雇用、住居、出会い、仕事と育児の両立など、複数の不確実性を抱えています。そのため、希望があっても決断を先送りし、やがて選択できる時間そのものが短くなってしまいます。
少子化対策で重視すべき点は、次の四つです。
- 結婚前から将来の生活設計を立てられる雇用と住居
- 出産後も働き続けられるだけでなく、無理なく暮らせる時間
- 家事・育児を一方に集中させない職場と家庭の環境
- 予期しない離職や病気があっても生活を立て直せる安心
子どもを持つかどうかは、あくまで個人の選択です。しかし、「望まないから持たない社会」と「望んでも不安で持てない社会」は同じではありません。若者が自分の意思で家族の未来を選べる状態を取り戻すことこそ、少子化対策の出発点です。
主な参考資料
- 厚生労働省「令和6年(2024)人口動態統計(確定数)の概況」(2025年公表)
- 国立社会保障・人口問題研究所「第16回出生動向基本調査(結婚と出産に関する全国調査)結果の概要」(2021年調査、2022年公表)
- こども家庭庁「令和7年版こども白書」(2025年公表)
- 厚生労働省「第12回21世紀成年者縦断調査(平成24年成年者)」(2023年調査)
- 内閣官房「こども未来戦略」(2023年12月)
