“増税国家ニッポン”を問う 第8回

財政健全化と聞くと、増税や社会保障削減を受け入れることだと思われがちです。しかし本来の目的は、国の帳簿を美しく見せることではなく、暮らしを守り、危機に対応できる政策余力を将来へ残すことにあります。本記事では、税負担、歳出改革、経済成長、国債、世代間負担を総括し、財政を考え直す視点を示します。

財政健全化は国民生活を犠牲にすることではない

財政健全化の本来の目的は、赤字を機械的に減らすことではなく、必要な行政サービスと危機対応能力を持続できる財政構造をつくることです。

財政赤字を減らすために増税し、教育、防災、子育て、研究開発まで削った結果、経済が弱くなれば意味がありません。国民生活が悪化し、税収の基盤となる所得や企業活動が縮小すれば、財政も長期的には改善しにくくなります。

一方、すべての支出を「国民のため」と説明し、赤字を際限なく拡大することもできません。金利上昇、物価高、円安、将来の利払い費増加によって、結果的に国民負担が重くなる可能性があるからです。

財政健全化には、少なくとも次の三つの目的があります。

  • 必要な社会保障や行政サービスを維持する
  • 災害、感染症、景気後退などに対応する余力を残す
  • 税、保険料、物価上昇を含む国民負担を抑える

したがって、財政健全化は財務省や国債市場のためだけに行うものではありません。将来も政府が必要な政策を選べる状態を保つための、国民生活の安全保障と考えるべきです。

基礎的財政収支の黒字化だけで財政は健全になるのか?

基礎的財政収支の黒字化は重要な指標ですが、その達成だけで国民生活や財政の持続可能性が保証されるわけではありません。

基礎的財政収支、いわゆるプライマリーバランスとは、国債の元利払いを除いた政策経費を、税収など国債以外の収入でどの程度賄えているかを示す指標です。政府は国と地方を合わせた基礎的財政収支の黒字化を財政健全化目標の一つにしています。

財務省の2026年度予算を前提とした機械的試算では、国の一般会計の基礎的財政収支は2026年度に1.3兆円の黒字となる一方、利払いなどを含む財政収支は11.7兆円の赤字とされています。基礎的財政収支が黒字でも、国債費を含めた全体の収支が均衡するとは限りません。

数字の達成方法まで見なければならない

同じ黒字化でも、経済成長と税収増によって達成する場合と、景気が弱い中で増税や一律削減によって達成する場合では、国民への影響が異なります。目標年度だけでなく、どの政策によって数字を改善したのかを見る必要があります。

また、補正予算、基金、特別会計、翌年度への繰越しなどを含めると、当初予算の数字だけでは財政全体を把握できません。財政健全化の評価では、予算案より実際の決算を重視することが必要です。

確認すべき指標は、基礎的財政収支だけではありません。

  • 利払いを含む財政収支
  • 政府債務の国内総生産に対する比率
  • 税収と社会保険料の国民負担
  • 金利上昇時の利払い費
  • 政府支出が生んだ成長や生活改善の効果

一つの数値を絶対的な目標にすると、数字を整えるために必要な政策まで削られる危険があります。財政指標は政策判断の道具であり、国民生活より上位の目的ではありません。

国の借金は将来世代へ残してはいけないのか?

国債は将来世代に負担を残す可能性がありますが、国債によって何を整備し、どのような資産や生産力を残すかによって評価は変わります。

道路、橋、防災施設、学校、研究開発などは、現在の世代だけでなく将来の世代も利用します。こうした長期間使われる資産を、現在の税収だけで全額負担することが常に公平とは限りません。

反対に、効果の乏しい補助金や一時的な人気取りの給付を国債で賄い続ければ、資産を残さず返済負担だけを残します。重要なのは国債残高の大きさだけでなく、借りた資金の使い道です。

将来世代へ残るのは債務だけではない

将来世代は政府債務だけでなく、公共インフラ、教育水準、技術、企業、自然環境、社会保障制度も引き継ぎます。財政赤字を減らすために必要な投資を怠れば、老朽化した設備や低い生産性という別の負担を残します。

一方、金利が上昇すれば、国債の借換えに伴って利払い費が増えます。利払いが予算を圧迫すれば、教育や福祉など政策に使える資金が減るため、債務残高を無視してよいわけでもありません。

将来世代への影響を考える際には、次の点を一体で見る必要があります。

  • 国債によって取得・整備した資産
  • 経済成長や税収増につながる効果
  • 将来発生する維持管理費
  • 金利上昇時の利払い負担
  • 気候、人口減少、社会保障などの未解決課題

「国債はすべて子どもへのツケ」と決めつけることも、「自国通貨建てだから問題ない」と片付けることも適切ではありません。将来へ何を残し、何を先送りしているのかを個別に判断する必要があります。

増税と歳出削減だけが財政健全化ではない

財政健全化には、増税や歳出削減だけでなく、経済成長、就業拡大、生産性向上、制度の効率化によって収支を改善する道があります。

税率を上げなくても、賃金、消費、企業利益が増えれば税収は伸びます。働く人が増えれば、所得税や社会保険料の収入が増える一方、失業給付や生活支援の支出を抑えられる場合があります。

政府の経済財政運営では、経済成長と財政健全化を両立させる方針が繰り返し掲げられています。2025年の基本方針も、経済・財政・社会の改革方向を政府全体で示すものとして閣議決定されました。

成長すればすべて解決するわけでもない

名目GDPが増えれば、政府債務のGDP比は低下しやすくなります。しかし、物価だけが上がり、実質賃金や生活水準が改善しなければ、国民にとって健全な成長とはいえません。

また、成長率の予測を楽観的に設定し、将来の税収増を前提に恒久的な支出を増やすことにも注意が必要です。経済成長は重要ですが、予算の無駄を放置する理由にはなりません。

財政改善につながる成長政策には、次のような条件があります。

  • 一時的な需要喚起だけで終わらない
  • 労働生産性や供給能力を高める
  • 賃金と家計所得の増加につながる
  • 輸入依存やエネルギー制約を軽減する
  • 長期的な税収効果を検証できる

教育、研究開発、デジタル化、子育て支援、防災などは、短期的には支出でも将来の損失を防ぐ投資になり得ます。歳出を消費と投資に分け、長期的な効果を評価する視点が必要です。

国民負担は税率だけでは測れない

国民が実際に感じる負担は、税金と社会保険料だけでなく、物価上昇、公共サービスの縮小、将来不安を含めて考える必要があります。

政府が税率を据え置いても、社会保険料が上がれば手取りは減ります。財政支出を通貨発行や国債に依存し、円安や物価上昇が進めば、家計は購買力の低下という形で負担します。

反対に、税や保険料を下げても、医療、介護、教育、交通などのサービスが縮小し、民間で高額な費用を支払うことになれば、実質的な負担は軽くなりません。

見えない負担を含めて比較する

財政政策の評価では、「増税か減税か」という表面上の選択だけでなく、その代わりに何が起きるかを示す必要があります。負担を将来へ送ったり、物価へ転嫁したりすれば、税という名称がなくても国民は支払うことになります。

国民負担を判断する際には、次の要素を合わせて確認すべきです。

  • 所得税、消費税、住民税などの税負担
  • 年金、医療、介護などの社会保険料
  • 物価上昇による実質所得の減少
  • 医療や教育などの自己負担
  • 将来の制度維持に対する不安

財政健全化とは、税収を増やすことではなく、国民が必要な負担を納得して引き受けられる状態をつくることです。そのためには、負担額だけでなく、受けられる給付やサービスも明示しなければなりません。

財政健全化は誰が痛みを負担するかという政治問題である

財政健全化の本質は会計技術ではなく、どの世代、所得層、企業、地域が負担し、誰の給付を守るかを決める政治的な選択です。

消費税を上げれば、広い世代から安定的に税収を集められますが、所得の低い世帯ほど負担感が強くなります。所得税や法人税を上げれば、負担能力を反映しやすい一方、働き方や企業活動への影響が議論になります。

社会保障費を削減すれば歳出は減りますが、高齢者、患者、介護家庭など特定の人へ負担が集中します。公共事業を削れば、地方の雇用や防災、インフラ維持に影響が出る場合があります。

財政健全化策には必ず利益と不利益が生まれます。

  • 増税するのか、歳出を削るのか
  • 現役世代と高齢世代の負担をどう分けるのか
  • 所得の高い人へどこまで負担を求めるのか
  • 都市と地方のサービス格差をどう考えるのか
  • 現在の給付と将来への投資のどちらを優先するのか

「財政健全化のため仕方がない」という説明では、政策の選択責任が見えなくなります。誰にどの程度の負担を求め、なぜその方法が公平なのかを政治家が説明する必要があります。

国民に必要な“もう一つの視点”とは何か?

国民に必要なのは、財政赤字の大小だけでなく、税金と国債によって何を守り、何を変え、どのような国を次世代へ残すのかを見る視点です。

財政赤字を恐れるあまり、必要な政策を実行できない国は健全とはいえません。一方、負担を説明せず、あらゆる要求を国債で賄う国も持続可能ではありません。

IMFは2026年の対日審査で、債務の持続可能性を確保するため、中期的な財政枠組みの下で成長に配慮した調整が必要だと指摘しました。同時に、人的・物的資本への質の高い投資を守り、対象の不明確な補助金を見直すことを求めています。

この考え方は、「何でも削る」のではなく、「効果の低い支出を見直し、将来の生産力を高める支出を残す」という方向です。日本の財政に必要なのも、赤字額だけを競うのではなく、予算の質を高めることです。

今後の財政議論では、次の原則が重要になります。

  • 増税の前に既存歳出の効果を検証する
  • 減税にも恒久的な財源と効果を示す
  • 将来の供給力を高める投資を守る
  • 一時的支援には期限と終了条件を設ける
  • 予算だけでなく決算と政策成果を公開する
  • 世代別、所得別の負担と受益を明示する

財政健全化を国民に我慢を求める標語から、政策の質と公平性を検証する仕組みへ変える必要があります。それが、税と財政を国民自身の問題として考えるための“もう一つの視点”です。

まとめ

財政健全化は、政府の赤字を減らすことだけを意味しません。本来は、必要な社会保障や行政サービスを維持し、災害や不況へ対応できる余力を残しながら、国民負担を持続可能な範囲に収めることです。

基礎的財政収支の黒字化は重要な指標ですが、それだけを目的にすれば、将来の成長や安全に必要な支出まで削る危険があります。数字の改善方法と、国民生活への影響を同時に評価しなければなりません。

国債も一律に悪いわけではありません。将来の生産力や生活基盤を高める投資であれば、次世代にも資産を残しますが、効果の乏しい恒常的支出を借金で続ければ、負担だけを先送りします。

増税、歳出削減、経済成長、通貨発行のどれか一つに万能な答えがあるわけではありません。必要なのは、それぞれの効果と副作用を検証し、負担と受益を国民へ明確に示すことです。

財政は国の帳簿ではなく、国民がどのような社会を選ぶかを数字で表したものです。財政健全化が誰のためなのかを問い続けることこそ、増税国家ニッポンを考え直す出発点となります。