なぜ空き家は宿泊施設に活用されるのか?

日本全国で増え続ける空き家は、社会問題のひとつとして長年取り上げられてきました。総務省の調査によれば、2023年時点で全国の空き家数は約870万戸に達し、住宅総数の13%を占めています。特に地方部や観光地では、人口減少や高齢化によって放置された住宅が目立ちます。
一方で、訪日外国人の急増に伴い宿泊需要は高まり、ホテル不足が顕在化しました。2019年のピーク時には年間3,000万人を超える観光客が日本を訪れ、コロナ禍後の2024年以降も急速に回復しています。こうした背景の中で「空き家を宿泊施設に転用する」という発想は、合理的な解決策として注目を浴びています。

民泊と旅館業法改正は地域をどう変えたのか?

2018年に施行された住宅宿泊事業法、いわゆる「民泊新法」は、空き家を宿泊用途に活用するための制度的枠組みを整備しました。それまではグレーゾーンだった民泊営業がルール化され、住民の安心と観光の利便性を両立させる狙いがありました。
しかし実際には、届出件数が急増した都市部では「騒音」「ごみ処理」「治安不安」などの苦情が相次ぎ、自治体によっては営業日数やエリア制限を設ける動きも見られます。京都市や鎌倉市など歴史的観光地では、宿泊施設として転用された町家や住宅が増えた一方、地元住民が「生活空間を侵食されている」と感じる事例が顕著になっています。

空き家宿泊施設は地域経済にどんなメリットをもたらすのか?

観光業の視点から見れば、空き家活用は大きな経済効果をもたらします。

  • 宿泊数の増加により、飲食店や土産物店の売上が拡大
  • 改装工事や清掃、管理業務など新たな雇用が生まれる
  • 地域の不動産価値が再評価される

たとえば長野県の木曽地域では、築100年以上の古民家を改修した宿泊施設が外国人観光客に人気を集め、地域の知名度向上に貢献しています。また、島根県石見地方では空き家をゲストハウス化する取り組みが進み、滞在型観光の受け皿として一定の成果をあげています。

住民生活への影響はどこに現れているのか?

一方で、観光振興が地域住民の生活に影を落とすケースも増えています。

  • 夜間の騒音やパーティーによる迷惑行為
  • 駐車場や公共交通の混雑
  • ごみの分別ルールが守られず、環境悪化を招く
  • 家賃や地価の上昇による「住めない街」化

特に京都の祇園エリアでは、宿泊施設化が急速に進んだ結果、昔からの住民が生活に不便を感じて転出する動きが強まっています。これにより「観光客は増えても、町内会が維持できない」という逆説的な問題が浮き彫りになっています。

空き家をどう活用すれば持続可能な観光につながるのか?

空き家を宿泊施設に転用すること自体は否定されるべきものではありません。むしろ人口減少に直面する地域にとっては貴重な資産活用の手段です。重要なのは、その導入方法と地域社会との調和です。

  1. ゾーニングの徹底
     生活エリアと観光エリアを区分し、住民生活への影響を最小化する。
  2. 住民参加型の運営
     宿泊施設の清掃や管理を地域住民が担い、収益の一部を還元する。
  3. 文化的景観の保護
     外観の改修には地域の伝統的景観を守るルールを設ける。
  4. 短期滞在から長期滞在へ
     一泊観光ではなく「地域で暮らす」体験を提供することで、交流人口を増やす。

事例に学ぶ:成功する町と失敗する町の違いは?

成功事例に共通するのは「地域住民との合意形成」です。たとえば徳島県三好市では、空き家を改修した宿泊施設の運営に地元住民が参画し、収益を地域活動に還元する仕組みを構築しています。その結果、観光客が増えても「地域全体が潤う」という感覚を住民が持てるようになっています。
一方、失敗事例では「外部事業者が利益だけを持ち去る」構造が目立ちます。短期的には観光客が増えても、住民が疲弊すれば持続可能性はありません。

今後の展望──“観光立国日本”の試金石

観光庁は2030年までに訪日外国人6,000万人を目標に掲げています。その実現のためには宿泊施設の拡充は不可欠ですが、空き家の宿泊転用は「地域に根ざした観光」のモデルケースとなる可能性があります。
観光客と住民が対立するのではなく、互いに利益を共有できる形をどう作るか。空き家問題と観光政策の交点は、これからの日本社会にとって避けて通れない課題です。